連載  グラブ・GoTo統合再燃㊤ 

2025-11-18 03:51

政府、市場秩序より雇用安定を優先
黄金株で支配権は確保か

 インドネシアのオンライン配車・フードデリバリーで長年ライバル関係にあったGrab(グラブ)とGojek(ゴジェック)を運営するGoToの経営統合構想が再燃している。インドネシア政府はこれまで市場独占の懸念から慎重だったが、プラボウォ・スビアント大統領は姿勢を一転させ支持に回った。市場独占をある程度許容しても、統合による業界の安定と数百万人のドライバーの雇用維持を優先したい考えだ。 
プラボウォ大統領はグラブとゴジェックと統合について協議を進めている=アンタラ通信

主張ぶつかり計画消滅

 「政府は国内最大のオンラインバイクタクシー企業と話し合っている。ドライバーの仕事を保証し、互いに有害な競争が起きないようにするためだ――」。10月20日、就任1年を振り返る内閣会議での演説で、プラボウォ大統領はこのように発言し、グラブとGoToと統合について協議していることを明らかにした。

 5月ごろにグラブが GoToを買収するとの報道が出てから、関係者の間では東南アジア最大級のプラットフォームが誕生するとの期待感が生まれていた。この2社については、2019年から20年にかけてグラブに出資するソフトバンクグループの孫正義会長など投資家サイドが仲介役となり、統合の機運が高まっていた。

 しかし、シンガポールを拠点として当時のゴジェックを取り込み、東南アジア全域に及ぶ「スーパーアプリ」を作ろうとするグラブ側の思惑と、ゴジェック側の「ナショナル・チャンピオン志向」が主導権争いとして表面化し、統合計画は幻に終わった。当時の交渉では、本社機能をどこに置くか、どの市場でどちらのブランドを残すかを巡り、各国政府の思惑も交錯したとされる。

 この結果、グラブは21年12月に米ナスダック市場に上場し、ゴジェックは国内へ集中する道を選んだ。特にゴジェックは国内電子商取引(EC)大手トコペディアと経営統合し、21年にGoToグループとして発足。配車・フード配達・EC・決済を抱えるインドネシア独自の「総合アプリ」として再出発し、今や生活の必需品となっている。

市場9割を独占

統合構想が再燃したグラブとゴジェック。ジャカルタをはじめ、インドネシア全土でサービスを展開する競合同士だ=ジャカルタ日報撮影
 その両社がここに来て、再び同じテーブルにつこうとしている。前回の統合案から約5年の間、クーポン配布や無料配達キャンペーンで赤字覚悟のシェア争いを続けてきた。しかし、近年の物価高と燃料費上昇が重なる中、ドライバーの収入悪化に対する不満がデモやストにつながり、単発・短期の仕事を請け負うギグワーカーの対応を巡る社会問題にも発展している。

 統合案は最終合意に至っていないが、実現すればインドネシアの配車とフード配達における取扱高の約9割を占める巨大企業が誕生し、少なくとも競合同士による削り合いは終わる。

 一方、市場の寡占状態が発生するため、独占禁止法に抵触する懸念が強いが、政府は今回の事態をむしろ「デジタル経済の秩序化」の好機と見ている節がある。その背景には値引き合戦を抑え、効率的な投資と税収の拡大に繋げたい考えだ。

黄金株という手綱

 前回の統合交渉の際と決定的に違うのは、今年2月に始動したインドネシアの政府系ファンドのダナンタラの存在だ。銀行や通信会社など主要国営企業を束ねる巨大な国家資本を利用し、グラブとGoToという巨大企業同士の統合に介入する力が出来たためだ。

 今月13日の英フィナンシャル・タイムズの報道によれば、グラブとGoToがダナンタラに対する「黄金株」の付与を提案しているという。これは保有株数は少なくても、政府に対し運賃やドライバーの待遇などの重要な経営判断に関する拒否権を与える特別株で、民間上場企業でありながら、国家が最後のブレーキを握ることが出来る仕組みだ。

 ダナンタラのパンドゥ・シャフリル最高投資責任者(CIO)は「統合判断はあくまで企業間のビジネス上の決定」と強調しつつ、商業的に合理的であれば支援する姿勢を示した。今回の黄金株保有が実現すれば、国家が市場の監督者からプレーヤーに変容することを意味する。

 しかし、国家が民間企業の経営に直接関与する以上、常に公共の利益に沿うとは限らない。政治スケジュールや選挙をにらんだ運賃抑制、特定勢力への優遇、経営人事への恣意(しい)的介入など、黄金株は「安定の装置」であると同時に「統制の装置」にもなりうる。巨大プラットフォームのかじ取りが、株主総会や取締役会だけでなく、政権中枢の思惑にも左右されるリスクは無視できない。

来月の株主総会がヤマ

グラブとゴジェックの統合に関与する政府系ファンドのダナンタラのロサニ・ルスラニCEO(右)とパンドゥ・シャフリルCIO=ロサニ氏の公式インスタグラムより

 GoToは12月中旬に臨時株主総会を開催する。「CEO交代を含むガバナンス議題が中心でグラブとの合併・買収は議題に含まれていない」と繰り返し報道陣に説明しているが、「実際には統合後に向けた経営体制への変革ではないか」(市場関係者)との見方が強い。

 もしこの臨時株主総会で統合の基本合意が発表されれば、「来年の各国当局への説明の後、27年にも新企業がスタートする」(同)可能性がある。

 今回のプラボウォ政権下でのグラブとGoToの統合は「効率」と「安定」をもたらすのか、それとも新たな支配と緊張を生むのか。この結果次第で他の企業の統廃合にも影響するだけに、目が離せない展開となりそうだ。

 次回は、今回の統合劇を巡るグラブ、ゴジェックなど各プレーヤーの背景を読み解いていく。(続)


(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)