② 運転免許証(SIM シム)

インドネシアの運転免許証「SIM」は国家警察所管、有効期間は原則5年だ。新規取得は実技受験のため来所が不可欠で、申請では身分証(KTP)や滞在許可(KITAS/KITAP)などの提示、写真・生体登録、学科・実技の合格が求められる。
新規の取得費用は、普通自動車(A)と大型バス・トラック(B)が12万ルピア、二輪(C)が10万ルピア、国際=25万ルピア。違反にはポイント制度があり、累積で再教育・停止・取消に至る。
「免許買う文化」続く
手続きのデジタル化など効率化に向けて制度は大きく姿を変えつつある一方で、Tembak SIM(テンバック・シム)」の不正は、いまもなお現場に影を落としている。Tembakはインドネシア語で「撃つ」を意味し、「試験や手続きを飛ばして、お金を払って免許を取る」ことを意味する。
各地の免許センター(SATPAS)周辺では、ブローカーが「全部お任せ」「試験も心配いらない」と称して客引きを行い、Cで約80万ルピア、Aで140万ルピア前後を請求するケースもあるという。公式料金の数倍にあたる差額が、ブローカーや関与する職員側に流れる構図だ。
地方では「ジャルール・キラット(イナズマコース)」と呼ばれる「裏ルート」が半ば公然と存在し、「窓口で並ぶより、ブローカー経由の方が早い」といった口コミも後を絶たないという。
行列と“理不尽な試験”が生む不信
なぜ、こうした慣行が「文化」のように根付いたのか。
第一に、行列と手続きの煩雑さである。窓口の混雑、案内不足、長い待ち時間は、仕事を持つ市民にとって大きな負担であり、「時間を買う」感覚でブローカーに頼る心理を生んできた。
第二に、試験への不信感だ。例えば、旧来の二輪実技試験は「8の字」や「ジグザグ走行」が「プロライダーでも難しい」と批判され、「正規ルートでは受からない」「指示どおりに走っても落とされる」といった市民の不満が蓄積してきた。こうした不合理な試験制度が不正徴収やテンバックSIMを誘発し、警察サイドの違法な収入源になっているという指摘もある。
第三に、監督の弱さとグレーゾーンの存在である。ブローカーはSATPAS敷地内外の双方に根を張り、一部職員と結びついた形で活動してきた。建前としては「ブローカー禁止」を掲げながら、現場レベルでは処分や監視が徹底されず、「みんなやっている」という空気が文化を固定化してきた。
改革進むも、慣行との綱引き続く
ここ数年、市民団体などの指摘を受け、国家警察がSATPAS周辺のブローカーを摘発し、「ブローカーゼロ宣言」を掲げる警察署も出てきた。実際にマランやデポックなどでブローカーが一斉摘発される事例も報じられている。
あわせて、更新手続きでは「Digital Korlantas」などによるオンライン申請・決済が整備され、健康診断、心理検査、学科研修・模擬との連携が進む。ただ、一部地域ではSATPAS自体をブローカー集団が牛耳っているとの報道もあり、問題の根深さをうかがわせる。 技能や交通ルール理解の検証を経ずに免許を得るドライバーが少なくない数存在することは、事故リスクと安全文化の双方に悪影響を与えている。「金を払えば何とかなる」という認識が温存されていれば、安全文化の土台は揺らぎ続けるため、手続きのデジタル化を進めるとともに、免許に対する認識そのものを変えていく必要があるだろう。
