連載特集記事 インドネシアの無償給食(上)

2025-11-10 04:51

巨額予算投入も食中毒続出

「栄養不良」の解消険しく

 プラボウォ・スビアント政権は今年1月から全国規模の無償給食プログラム「Makan Bergizi Gratis(MBG)」を開始した。プラボウォ氏は将来を担う子供たちの栄養不良を解決させる最重要政策の一つと位置付け、巨額の予算を投じてきた。しかし、プログラム開始から約1年が経過する中、各地で集団食中毒など問題が続発。衛生面や運営体制の脆弱(ぜいじゃく)さが露呈している。国内外からの批判を受け、プラボウォ政権はこの前代未聞の「次世代への投資」を加速する方針を堅持しており、今後の展開に注目が集まっている。(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)

MBGで提供された昼食を食べる、南スマトラ州パレンバンの小学生=10月、アンタラ通信

目標人数の半分に到達

 MBGは今年1月6日から学校が始まるのに合わせて開始された。就学前から高校生までの児童生徒を主な対象とし、妊産婦や乳幼児への展開も進められている。各地域に設置された「給食センター(SPPG)」で食材の調達や調理が行われ、そこから学校や地域の保健施設へ1日あたり最大3千食が配達される。無料の給食で長年の課題だった栄養不良を改善し、学習意欲の向上などに繋げたい考えだ。


 MBGを所管する国家栄養庁(BGN)の報告によれば、11月時点で稼働する給食センターは全国で約1万4300カ所、受益者は約4千万人に達しており、最終目標の8290万人に向け、着実にカバー範囲を広げている。


 地域展開の面でも、MBGはインドネシア全土に広がりつつある。首都ジャカルタがあるジャワ島だけでなく、南シナ海にあるナトゥナ諸島などの遠隔地域や東部のマルク諸島、パプア地域までを含む26州で一斉に事業がスタートした。今後も順次、MBGの実施範囲を広げていく方針だ。

来年も巨額予算投入

 プラボウォ政権は史上空前とも言える予算をMBGに投じた。政府は各省庁の出張費など不要不急の経費を削減するなどして捻出した約71兆ルピア(約6500億円)をMBGの予算に充当し、さらに年度途中で予備費100兆ルピアを設定。この合計171兆ルピアは今年の国家予算全体で約5㌫を占める巨額の配分で、さすがにわずか1年では消化できず、約70兆ルピアが未消化分として国家に返納されるほどだった。予算執行も遅れており、先月時点での執行率は20㌫前後にとどまっている。


 政府は来年に向けて事業拡大を見据え、MBGを国家の最優先投資と位置付ける姿勢を崩していない。今年の倍となる335兆ルピア(約3兆円)もの巨額予算を確保しており、同庁は「1日あたり約1・2兆ルピア(約1100億円)を給食に費やす計算になる」と述べている。

食中毒続発で保護者悲鳴

西ジャワ州バンドン県チサルア郡の中学校で、10月15日にMBGで提供された食事の後に食中毒の症状を訴えた生徒が治療を受けた。この日、確認されただけで近隣の小学校や教員なども含め、計268人が被害を受けた=アンタラ通信

 全国で勢いよく拡大するMBGだが、一方で大規模食中毒が頻発し、大きな社会問題となっている。保健省によると、今年1月の開始から先月上旬までに全国25州・88県で119件の集団食中毒が発生し、延べ1万1660人もの児童が嘔吐(おうと)や下痢などの被害に見舞われた。特に深刻だったのは西ジャワ州バンドン県で、9月下旬に1333人もの生徒が一斉に体調不良を訴え、地元当局は非常事態を宣言する事態となった。幸い死亡例は公式には確認されていないものの、SNS上では「給食が原因で子供が死亡した」といったデマ情報まで飛び交い、保護者や教育関係者の間で不安と批判が広がった。

6割が基準未達

MBG調理施設の様子=アンタラ通信

 給食センターなど運営体制の不備も目立った。先月、保健省の調査で全国1万4千カ所以上の給食センターのうち約9割が衛生適格証明を取得していない実態が判明し、衝撃が走った。水質検査で大腸菌の混入が検出されるなど、許可申請が通らない例が相当数見つかったためだ。


 このため、同省は直ちに19項目の衛生標準作業手順書(SOP)を策定し、すべての給食センターに適用する方針を打ち出した。一部のセンターは営業停止処分となったが、基準順守を条件に再開が認められている。


 また、BGNは各地域で食品衛生に関する技術指導を強化し、調理従事者への衛生教育や検食体制の見直しを進めている。政府内にはMBG改善のための特別調整チームも設置され、今月初めには関係閣僚・機関の代表らが集まり、統一的な運営管理の立て直し策を協議するなど、政府一丸となって改善していく姿勢を示した。

政府「被害はわずか」

 一連の事態を受け、プラボウォ大統領は9月末、「これは非常に大きな問題だ。数百万人規模に食事を提供する以上、障害や困難が生じるのは避けられないが、必ずやこの問題を克服する」と述べ、迅速な対策を約束した。政府関係者も「配食した14億食超のうち問題はごくわずかにすぎない」と強調、被害の割合は許容範囲内だとする見解を示し、国民の不安を和らげようとしている。


 ただ、教育関係者などからは、政府に対して提供の一時停止を求める声も上がっているのが事実で、衛生、運営の両面で継続的なチェックが不可欠となる。


 インドネシアはMBGのために日本を含めた他国に国際的協力を求めてきた。次回はその中身を明らかにしていく。(㊦に続く)