知っているようで知らない「インドネシアのあれこれ」を「そもそも何なの?」という視点で解説する連載コラム。第1回はインドネシア国民必携の身分証明書「KTP」を取りあげる。在住者ならほぼ毎日耳にするであろう「かーてーぺー」とは、一体何もの?
①住民身分証(KTP、カーテーペー)

住民身分証(KTP)は、全国共通の個人識別番号(NIK)を1人1番号番号で付与するインドネシアの基礎的な身分証。対象は17歳以上の国民と一定条件を満たす長期在留外国人で、発行・再発行・記載変更はいずれも無料だ。
申請は各地の人口・市民登録局や行政サービスモールで行い、家族カードの確認後に顔写真や指紋などの生体情報を登録する。転居してもNIKは変わらず、住所などのデータ更新のみが求められる。
近年はスマートフォン上でQRコードや顔認証により本人確認できるデジタルKTP(IKD)の展開も進むが、新規発行では現地での生体認証登録が不可欠で、当面はカードと併用される。外国人向けのKTP-OAは在留許可の有効期間に連動し、更新手続きは原則無料だ。
窓口や仲介業者が「手数料」を求める事例が報じられるが、これは不正徴収に当たる可能性が高く、領収書の提示要求や苦情窓口への通報を勧める。再発行時に警察への紛失届や誓約書を求められることはあるが、支払い義務はない。
過去には統治の道具
KTPは歴史的に統治の道具として用いられてきた側面がある。1965年以降のスハルト体制では、冷戦下で共産主義者とされた人々やその周辺に対して、身分証や住民台帳が監視行政の基盤として機能した。80年代には元政治拘束者を示す「ET(Eks-Tapol)」の表示がKTPに付され、就労や進学・移動に不利益を与える差別的な印として作用していた。
98年の民主化以降、こうした差別的な表示や運用は撤廃あるいは削減される方向に転じ、現在のNIK/e-KTPは識別ラベルによる線引きを避けつつ、技術的に重複排除を行う設計へと置き換わった。宗教欄の扱いも時代の政治状況に影響を受けつつ改定され、近年はデジタル化が段階的に進んでいる。
KTPは今、「誰でも無料で取得できる、生活の入口」であると同時に、「過去の統治と監視の記憶」を背負った制度でもある。日本人の申請者にとっては、必要書類の事前確認と生体認証の準備が必要である一方、仲介業者へ過度に依存するのも禁物だ。同時に、この制度の歴史に対する理解は、理解はインドネシア社会を読み解く基礎的な知識になるとも言える。
