インドネシア生活の中でよく耳にする、BPJS(ベーページェーエス)。外国人には利用機会が少ないこともあり「健康保険をはじめとした社会保障の仕組みでしょ」とざっくり捉えてはいるものの、その中身まで理解している邦人は決して多くないだろう。本コラムでは、この制度の概要を分かりやすく解説する。
BPJS健康保険の制度概要

インドネシアでは2014年、全国民を対象とした公的医療保険制度が始まった。この制度は一般に「BPJS健康保険(BPJS Kesehatan)」と呼ばれ、半年以上働く外国人を含むインドネシア在住のすべての人々が加入できる。
BPJS健康保険に加入すると、病院やクリニックでの診察、入院治療、手術、出産、薬の処方など幅広い医療サービスを原則無料または低額で受けることができる。日本の健康保険と同様に、必要な医療行為は基本的に保険でカバーされ、患者は窓口での自己負担をほとんど気にせず治療を受けられる仕組みだ。
一方で、美容整形や不妊治療、海外での治療など一部のサービスは対象外となっている。制度開始から徐々に加入者は増え、現在ではインドネシア国民の9割以上がこの保険に加入している。
BPJS加入者の4つの区分

BPJS健康保険では、加入者を職業や所得状況によって大きく4つの区分に分け、それぞれのグループによって保険料の支払い方法が異なる。
① PPU(給与所得者)
会社員や公務員など、雇用主から給与をもらって働く人の区分。毎月の保険料は月収の5%と定められており、会社(雇用主)と本人がその費用を分担する (通常は雇用主負担が4%、本人負担が1%)。家族(配偶者や子ども)も一定人数まで含めて加入できる。
② PBPU(自営業者など)
自営業者やフリーランスなど、雇用主から給与を受け取らない人の区分。例えば農業従事者や個人事業主、フリーの運転手などが該当する。保険料は全額を自分で支払う。加入時に後述する「クラス(等級)」を選ぶ必要があり、そのクラスに応じて毎月定額の保険料を納める 。
③ BP(非労働者)
働いていない人の区分。たとえば投資家や年金生活者、専業主婦(夫)など、給与収入のない人が該当する。こちらも保険料は全額自己負担で、加入時に希望する医療サービスのクラスを選択し、それに応じた保険料を支払う。
基本的な扱いはPBPU(自営業者)と同じだが、働いていない点が異なる。
④ PBI(低所得者層)
収入が非常に少ない貧困層の人々の区分。インドネシア語で Penerima Bantuan Iuran(保険料補助の受給者)を意味し、社会省が定めた「貧困層の定義」に当てはまる人々が対象となる。
このグループの保険料は全額政府負担で、保険加入者本人は無料で医療サービスを受けられる。2021年時点で、約9650万人もの人々がこのPBIカテゴリーに属し、政府の支援で保険に加入している。参考として、インドネシア中央統計局の全国貧困線は25年3月で一人当たり月60万9160ルピア(平均世帯4.72人で世帯当たり約287万ルピア)。
加入者区分ごとの月額保険料
では、具体的にBPJS健康保険の月額保険料はいくらなのか。
下の表に各区分の25年現在の保険料をまとめた。PPU(給与所得者)は収入に応じた割合だが、それ以外の区分では加入時に選択する「クラス」によって定額の保険料を支払う。PBI(低所得者)は政府が保険料を負担するため、無料になっている。
区分月額保険料(加入者負担分)
PPU(給与所得者)月収の5%(うち雇用主4%、本人1%負担)
PBPU(自営業者等)クラスI: 15万ルピア クラスII: 10万ルピア クラスIII: 4.2万ルピア
BP(非労働者)クラスI: 15万ルピア クラスII: 10万ルピア クラスIII: 4.2万ルピア
PBI(低所得者)無料(保険料は政府負担)
注)クラスIIIの保険料4.2万ルピアのうち、7千ルピアは政府が補助するため、加入者の自己負担は3.5万ルピア
会社員などのPPU(給与所得者)の場合、クラスはその人の月収によって自動的に決定する。インドネシアでは月収が約400万ルピア(約3.7万円)を超える従業員はクラスI、月収400万ルピア以下の従業員はクラスIIという基準が設けられている。
たとえば、大企業で相対的に高い給与をもらっている人はクラスIに分類され、最低賃金程度の収入の人はクラスIIになる。また失業中(解雇後)の人は暫定的にクラスIIIとみなされる (失業後も半年間は保険料なしで保障が継続される)。
PBPUとBPはクラスIの保険料が最も高く、クラスIIIが最も安く設定されており、自分の経済状況に応じてこの3つのクラスから選ぶことになる。たとえば「できるだけ保険料を抑えたい」という人はクラスIII(月額約3.5万ルピアの自己負担)に加入する。一方、「多少保険料が高くても手厚いサービスを受けたい」という人はクラスI(月額15万ルピア)を選択する。
低所得者向けのPBI加入者は自動的に最も低いクラスIIIのサービスが適用される。
「クラス」(病室等級)とは?

PJS健康保険における「クラス」とは、入院する際に利用できる病室の等級を意味する。クラスI・II・IIIの数字が小さいほど上位の等級で、クラスIは少人数で設備の良い病室、クラスIIIは大部屋で基本的な設備の病室という違いがある。
具体的には、クラスIの病室は2~4人部屋でエアコン完備、クラスIIはそれよりやや多い人数の相部屋、クラスIIIは最大6人程度の大部屋で扇風機の場合もある。ただし治療そのものの内容や受けられる医療行為の範囲は、どのクラスでも原則同じとされている。クラスによって「受けられる医療サービスが制限される」わけではなく、あくまで病室環境の差である点が重要だ。
インドネシア政府は現在、この「クラス」制度を廃止し、病室の格差をなくす改革に乗り出している。その柱となるのが「KRIS(Kelas Rawat Inap Standar)」と呼ばれる新しい制度だ。インドネシア語で「標準的な入院施設」という意味で、文字通り全国どこの病院でも標準化された入院設備・サービスを提供することを目指す。
KRIS制度は段階的に準備が進められており、一部の病院で試験的に導入が始まった。2024年5月の大統領令によれば、BPJS健康保険と提携するすべての病院でKRISを実施することが義務づけられた。
KRISでは、たとえば「病室1つあたりあたりベッドは最大4床まで」、「ベッド同士の間隔やプライバシーカーテンの設置基準を統一」、「室内の換気や照明、酸素設備なども一定の基準を満たすこと」といった12項目の基準が全国の病院で統一されることになる。これにより、従来クラスIIIだった大部屋の患者も、クラスI並みに快適で衛生的な環境で入院できる。
もちろん、この大きな改革には解決すべき課題も多い。一部の病院からは「病室のベッド数を減らすと収容できる患者数が減り、経営に影響が出るのではないか」といった懸念の声も上がっている。政府や関係機関はこれらの課題について調整を行いながら、移行を進めている。
KRISが本格的に導入されれば、加入者全員が同一のサービス条件で医療を受けることになるため、保険料も将来的には一本化される可能性がある。インドネシアの人々にとっては大きな変化で、「誰もが公平に医療を受けられる社会」に近づくための重要な一歩と言えよう。
次回のコラムでは、BPJS健康保険と混同されやすい、BPJS労働保険について解説する。
