インドネシアの国民保険制度には、今回問題となっているBPJS健康保険のほか、BPJS ketenagakerjaan(労働保険)がある。従来の労働者社会保険公社(PT Jamsostek)を引き継ぐ形で15年に発足し、労働者向けの労働災害保険(JKK)、死亡保険(JKM)、老齢年金(貯蓄型JHT)、遺族年金(年金型JP)を運営している。22年には新たに失業保険(JKP)制度も加わった。

これらの制度は主に企業と労働者からの保険料でまかなわれ、集められた基金はBPJSが資金運用に回す仕組み。これらの制度は拠出方式で積立金を運用する仕組みで、日々の給付費は積立金と運用収入から支払われる。
BPJS労働保険は基本的に給与から天引きされる保険料で成り立っているため、財務状況が短期的に悪化する方向にはなく、BPJS健康保険とは対照的に運用資産を着実に積み増す形で推移している。BPJS労働保険が運用する社会保障基金残高は、14年時点の約189兆ルピアから2023年末には約708兆ルピアへと10年間で約4倍に拡大している。当面の資金繰りに問題はなく、労働保険全体としては毎年巨額の純収入・運用益を計上し資産を積み立てている状況だ。
BPJS Ketenagakerjaan の課題

ただ、BPJS労働保険の財政面に課題がないわけではない。20年前後から老齢給付(JHT)と遺族年金(JP)の積立金に将来的な不足が指摘されるようになった。18年末時点でJHT資金の負債充当率(資産の将来債務に対する充足割合)は96.6%に留まり、19年末96.9%、20年末95.9%と100%を下回る水準が続いている。これは現時点での積み立て資金では将来の給付債務を全て賄いきれない「アンダーファンデッド(積立不足)」の状態であり、長期的には制度の見直しや追加拠出が必要になる可能性があることを意味する。遺族年金についても積み立て不足の傾向がみられ、さらに死亡保険(JKM)の給付は慢性的に保険料収入を上回っていると指摘されている。
加入者ベースで見ると、BPJS労働保険の適用率は着実に拡大しつつも、全労働人口の半数程度に留まる。19年時点で加入者数は約5500万人で、これは約1億2千万人とされる就業者全体の約43%に相当する。特に非正規雇用者や自営業者など、いわゆるインフォーマルセクターのカバー率が低く、公的年金や労災から漏れている労働者が多い。
加入者の「掛け金納付率」という点では、BPJS労働保険の場合、企業からの天引きが中心のため健康保険に比べ滞納は少ない傾向にある。ただ、中小零細企業や自営業で任意加入する層では未納も散見される。
現時点では財政的に安定しているBPJS労働保険だが、老齢・年金給付で長期的な積立不足リスクが見えてきたことで、政府も制度を今後どのように維持するか本格的に検討を始めている。
