グラブ 馬国発スーパーアプリ

2025-11-18 04:00

 今や配車やフードデリバリー、決済を束ねるスーパーアプリとして、東南アジアの日常生活を支えるGrab(グラブ)。その出発点は、2012年にマレーシアで生まれた小さなタクシー配車アプリ「MyTeksi(マイタクシー)」だった。

 不便なタクシーというローカルな課題をどう解決するか。その問いから、東南アジア全体のモビリティーを変える構想が動き出した。

米国留学でアイデア

 創業者アンソニー・タン氏=写真、公式サイトより=は、マレーシアの自動車関連企業の一族に生まれた。生まれながらに自動車産業との縁が深く、家業を継ぐ道もあったが、彼が選んだのは「東南アジアの交通そのものを変える」挑戦だ。

 米シカゴ大学で学んだ後、ハーバード・ビジネス・スクールに進み、ここで後の共同創業者タン・フーイ・リン氏と出会う。二人は、東南アジアの都市交通に共通する課題をビジネスとして解くことを考え始めた。

 転機となったのがHBSでのビジネスプラン・コンペ。彼らが選んだテーマは、マレーシアの首都クアラルンプールのタクシー問題だった。流しのタクシーはなかなか止まってくれず、料金も不透明で、女性が夜に一人で乗るには不安が大きい。利用者はドライバーを選べず、価格と安全が「ブラックボックス」になっていた。

 この構造的問題を「情報の非対称性」として捉え、ITで可視化する計画をまとめた。ビジネスプランは準優勝だったが「これは卒業しても続ける価値がある」と判断した二人は、家族からの出資と賞金を元手に事業化に踏み切る。

 12年、マレーシアで「マイタクシー」アプリが正式にスタートした。当初のビジネスは極めて地道なもので、タクシー会社に営業をかけ、ドライバーにスマートフォンとアプリの使い方を説明し、1台ずつネットワークに取り込んでいった。

 アプリには乗車位置と到着予定時間、ドライバーの氏名や車両情報が表示され、乗客は「本当に来るのか」「誰が運転しているのか」を確認できる。ドライバー側も、空車で街を流す時間を減らし、効率よく客を拾えるようになり「呼べる・来る・見える」という最低限の機能に徹したことで、利用者の信頼を着実に高めていった。

タイなど国際展開

 この仕組みを他の東南アジアの都市にも応用し、13年以降、フィリピン、シンガポール、タイへと進出、やがてベトナムやインドネシアにもサービスを広げる。各国で道路事情や規制環境は異なったが、「安全に確実に呼べるタクシー」という単純だが切実なニーズは共通していた。

 ブランド名は「GrabTaxi」、さらに「Grab」へと順次切り替えられ、フードデリバリーや宅配、さらにはキャッシュレス決済や小口金融へと領域を拡大。アプリ上での位置情報と決済データを組み合わせることで、飲食店や個人事業者の販路を広げ、銀行口座を持たない層にもサービスを届ける「生活プラットフォーム」への転換を図った。

 ソフトバンクや政府系ファンドからの大型出資を受け、企業価値は急拡大し、21年には米ナスダック市場に上場。その成長の中で、最大市場インドネシアは特別な位置を占めるようになった。

 人口が突出して多く、バイクタクシー文化が根付く同国は、配車・フード配送・決済のすべてで潜在需要が大きい。グラブは現地企業ゴジェックと激しい競争を繰り広げながらも、東南アジア全体で「移動と日常支出の入り口」を押さえる戦略を推し進めてきた。