連載  グラブ・GoTo統合再燃㊥

2025-11-19 04:32

GoTo、競合激化で疲弊
創業者逮捕で交渉力低下

 今年に入り統合構想が再燃した配車・フードデリバリー大手、Grab(グラブ)とGoToは2010年代に急成長した東南アジアを代表する巨大ベンチャー企業だ。インドネシア市場を巡って値引き合戦を続けた結果、GoTo側の疲弊が目立つようになった。創業者が汚職容疑で逮捕されたことで交渉力は一段と低下。株価下落を嫌う投資家からの呼びかけもあり、統合の動きに拍車がかかっている。(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)
2019~22年の教育文化相時代の ノートパソコン調達汚職事件で逮捕・勾留されている、GoTo創業者のナディム・マカリム氏(左)=10日、アンタラ通信

創業期は拡大路線

 「ゴジェックはインドネシアにおけるテクノロジー革命だ――」。こう話したのは、GoToの中核事業の配車サービスGojek(ゴジェック)を10年に創業したのはナディム・アンワル・マカリム氏だ。

 15年にスマートフォン配車アプリを開発したことを機に爆発的に成長。国内外からの投資を受け、フードデリバリー、宅配、決済へと次々に事業を広げた。18年にはベトナム、タイ、シンガポールなどにも進出も始めた。

 拡大路線を続けていたゴジェックだが、転機が訪れる。ナディム氏が19年にジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前大統領から誘われ、教育文化相として入閣。経営は創業時に投資したファンド出身のアンドレ・スリスティヨ共同CEOらに受け継がれることになった。ここから経営に「投資家の論理」が色濃く入り始める。

業績悪化で方針転換

2023年からGoToグループを率いる、投資ファンド出身のパトリック・スギト・ワルジョCEO。グラブとの統合に消極的で、投資家から交代を要求されているという=公式サイトより
 ゴジェックは21年に電子商取引(EC)大手トコペディアとの統合で持株会社GoToが誕生し、インドネシア証券取引所への上場を見据えた体制が整った。 だが、22年の上場後に明らかになったのは、グラブとの値引き競争による巨額赤字だった。22年決算では最終損失が40兆ルピア規模に達し、市場から厳しい視線が注がれた。このショックを受け、GoToは23年に「収益性と資本効率」を最優先とする方針に転換した。

 同年6月にアンドレ氏と同じ投資ファンド出身のパトリック・スギト・ワルジョ氏がGoToのCEOに就任すると、この方針はより加速。インセンティブやマーケティング費の大幅削減、数百人規模のリストラ、トコペディア支配権の中国系SNS大手TikTokへの売却など「選択と集中」が次々と実行された。

 昨年にはベトナムから撤退するなど海外展開も縮小、インドネシアに経営資源を集中した。かつてのように東南アジア全域に勢力を拡大する勢いは無くなっていった。

突然逮捕の衝撃

 GoToに業績面で一定の回復が見られた今年9月、関係者に衝撃が走った。ナディム氏が教育省でのパソコン調達を巡る汚職容疑で検察から突然逮捕されたからだ。

 検察によれば、マカリム氏は在職中の21年に米グーグルのラップトップパソコンを同省向けに不正に調達し、国に約1兆9800億ルピアの損失を与えた疑いが持たれている。マカリム氏自身は無実を主張したものの、かつて国民的英雄ともてはやされた若き巨大ベンチャー創業者の逮捕劇に世間は騒然となった。

 この逮捕に先立つ7月には、同汚職事件の捜査の一環として検察当局がGoToのジャカルタ本社オフィスを家宅捜索し、関係資料を押収した。

 GoTo側は「当社の事業はナディム氏の閣僚時代の業務とは無関係」との声明を急きょ発表し、企業への影響を最小限に留めようと努めた。

 しかし、創業者の逮捕とオフィスへの捜索という事態は、インドネシア初のユニコーン企業として神話的存在だったGoToのブランドを著しく損なった。

「国が関与か」とうわさ

 ユニコーン神話の崩壊は他にも表面化しつつある。 国営通信テルコムの子会社テルコムセルが20~21年にGoToに行った約4億5千万ドルの巨額出資を巡り検察が今月、汚職の疑いがあるとして本格的に捜査を始めた。

 この出資によりGoToが上場した後の株価低迷でテルコム本体が巨額の損失を被ったことが捜査の発端だが、創業者ナディム氏の逮捕とGoTo本体への捜査という二重のダメージにより、GoToはグラブとの統合交渉で独立路線を主張しにくくなった。 

 一連の不祥事については「検察の捜査開始と、2社の統合を検討するという政府の発表が重なっており、プラボウォ・スビアント政権がグラブ主導で統合を進めるためにお膳立てしたものだ」(市場関係者)とする観測も出ている。

グラブ側のメリットは

 グラブから見たGoToとの統合のメリットは何か。

 第一にインドネシアという巨大市場を独占できる。値引き競争に終わりを告げ収益性が上昇、東南アジア最大の配車・フードデリバリーのプラットフォーマーとしての地位を確固たるものにすることが可能だ。 

 次にGoTo傘下のトコペディアを通じたEC・決済データの収集が考えられる。グラブはすでにフィンテックやデジタル銀行事業を拡大しており、消費者の決済履歴や位置情報などを組み合わせることで、与信や広告を高度化することができる。

 GoToを取り込むことで、オンライン消費のデータを一段と厚く把握できることは、東南アジア全体のビジネスにも波及効果をもたらすとみられる。

 さらに、インドネシア政府系ファンドのダナンタラに対しても、一定条件での経営参画を受け入れることによって国の規制リスクを予見できるという期待もある。 

 今回のグラブとGoToの統合を読み解く上で欠かせないのが投資家の存在だ。グラブにはシンガポール政府系ファンドのテマセクなど大手投資ファンドが出資しており、GoToも国内外からの投資を集めている。代表格はソフトバンクグループの孫正義会長で、孫氏は両社に出資しており、今回の統合構想を仲立ちしたと一部で報じられている。

 投資家が統合を支持するのは、競合で両社がすり減ることで株価が下落し、自らの損失になることを嫌うからだ。GoToは来月に臨時株主総会を開催し、ワルジヨCEOが交代するとみられるが、それも投資家側からの強い要求があったとされる。「ナショナルブランドを守りたい同氏を解任し、政府と歩調を合わせて統合を進める人間を後任にしたいという思惑が働いた」とする市場関係者の見方もある。

 かつて海外資本を呼び込み時価総額10億ドル以上の急成長を遂げたユニコーン企業は自由な競争と破壊的イノベーションの象徴であり、その創業者たちは新興ビジネス界の貴族のように称賛されてきた。しかし、投資家や国家資本の介入を経て、もはや彼らは国家が管理すべき「社会インフラ」を運営する成熟した責任者として位置付けられ始めている。

 下編では、今回の統合がドライバーや利用者にとってどのような意味を持つかについて見ていく。(続)