ドライバー、飲食・小売店に上乗せも
利用者にも負担増か
今年に再燃したインドネシアでのオンライン配車・フードデリバリー大手Grab(グラブ)とGoToとの統合構想が実現した場合、最も影響を受けるのはそのサービスを使う利用者だ。統合により料金や手数料の見直しという形で再編のツケがドライバーや中小事業者、消費者の負担になるという懸念がある。政府が統合企業の経営に一定関与する案が出ているが、利用者保護も欠かせない要素だ。

運転手「従うしかない」
「グラブとGoToが統合したら我々ドライバーには選択肢がなくなる。そしたら向こうの言い値で働くしかない」。ジャカルタ市内でGoToが運営する配車アプリGojek(ゴジェック)のバイクタクシードライバー、ズリフキさん(34)は、今回の統合について悲観的だ。「優位に立っているグラブはシンガポールの会社。インドネシア人には容赦がない」と、統合相手とされるグラブが外資企業であることに心配な様子だ。
グラブ、ゴジェックだけでドライバーは約400万人いるとされる。インドネシアの法令では運営事業者側の取り分は最大20%だが、待機時間、自己負担の車両メンテナンス代、ガソリン代を考えると実際にはそれ以下に感じられるドライバーは多い。実際、近年のガソリン価格上昇などもあり、事業者の取り分を最大10%に引き下げる要求がドライバー側から強まっている。
アルゴリズムの奴隷に
統合により価格競争が弱まれば、事業者側は利益を上げるため、ドライバーへの報酬をカットする方向に動きがちだ。
ドライバーにとって、インセンティブ(報酬)の条件変更や手数料率の引き上げは一方的なアプリ通知で始まる。実車率を一定水準以上に保てなければボーナスが減らされ、キャンセル率が高過ぎると「ペナルティー」が科される。アルゴリズムに評価されるかどうかで一日の収入が大きく揺れ動く。
グラブとゴジェックが統合すれば国内シェアは9割に達するため、もし契約更新されなかった場合、別の受け皿ははるかにアプリ利用者が少ない業者しかなく、ドライバーとして収入を得る機会は一気に減る。
飲食店「値上げ困る」

フードデリバリーやEC(電子商取引)に出店する飲食店・小売店も、再編の影響を避けられない。これまでゴーフード、グラブフード、トコペディアとさまざまなプラットフォームを使い分けてきた事業者は少なくない。
中央ジャカルタのタナ・アバンでサテ(串焼き)のワルン(屋台)を営むアリサさん(33)もその一人だ。「毎日キャンペーンや手数料、プロモーションを見て少しでも売り上げが大きくなるようにしている。オンライン売上が3割程度あるので、もし選択肢がなくなって出品コストが今より引き上げられればかなりの利益を損なう」と話す。
政府の保護に期待
プラボウォ・スビアント政権は労働者保護に前向きだ。今年5月1日のメーデーでは、スカルノ初代大統領以来初めて労働者の前で演説し、オンライン配車ドライバーの宗教大祭手当(THR)を負担するようグラブやゴジェックなど事業者側に求めた。
今回、政府が雇用条件などの重要条項に拒否権を発動できる黄金株を統合企業から譲渡される案が持ち上がっているのも、継続方針に含まれている。また、400万のドライバーは大票田でもあり、2029年の大統領選挙を見据えた思惑も透けて見える。
しかし、政府の優先順位は政治情勢と無縁ではいられない。インフレが問題になれば運賃抑制を優先し、ドライバーの収入が頭打ちになる可能性もあるなど、必ずしも常にプラットフォームの利用者に有利になるとは限らない。
統合後の企業にとっても、政府に黄金株を付与し一部経営に関与を認めるとはいえ、利益を上げなければ株主や投資家からの突き上げが来るため、ドライバー全員の雇用を保障するわけにはいかない。
政府が労働条件の改善を求めてくればくるほど「持続可能な経営体制を作る」という理由で評価ポイントの低いドライバーを解雇したり、社会保障コストを運賃や出店料などに転嫁してくることは十分に考えられる。
「利用者目線」どこに
全国民の生活インフラとなったグラブとGoToの統合構想は単なる企業の合併以上の意味を持つ。スケールが大きいだけに政府、企業、投資家といったマクロのレベルで語られがちだが、アルゴリズムの仕様変更一つがドライバーや、小さな飲食・小売店の売上を直撃する点を見逃してはならない。顧客にとってもドライバーなどに分配されるコストが上がれば料金が上がり、サービスを受けるメリットは減る。
今回の統合構想は誰のためにあるのか。具体的な生活者の姿に寄せて検証する視点がなければ、政府の「監視付き独占」は単なるスローガンに終わり、関わる全員が不利益を被る事態になりかねない。
インドネシア政府はグラブやGoToの配車・フードデリバリーアプリを、単なる交通・生活サービスではなく、デジタル徴税の道具として利用したい考えだ。両社の統合によってアプリが一つになれば、お金の流れが補足しやすくなり、徴収漏れが防げる。
プラボウォ政権は長年10%前後にとどまる税収のGDP(国内総生産)比率を2029年にかけて15%台へ引き上げる目標を掲げており、この達成に向けて今回の統合をチャンスとみている。
アプリで売上追跡

オンライン配車やフードデリバリーのドライバーは所得税の課税対象だが、これまで税金の追跡は思うように進んでいなかった。源泉徴収ではなく自己申告の個人事業主としての扱いをされることが多かったためだ。
政府がスーパーアプリ企業とデータ連携を進めれば、住民登録番号(NIK)にひも付いたドライバーや小規模店舗の売上、入金履歴を基幹システム「Coretax」でリアルタイムに把握できる。「売上に比べて申告が著しく少ない層」を機械的に割り出し、重点的な指導・調査の対象とすることが容易になる。
政府系ファンドのダナンタラが統合企業の黄金株を保有することで労働条件など経営方針にある程度関与することが可能になれば、料金設定やドライバー保護だけでなく、税務関係の仕組みについても政府の意向を組み込むことが求めやすくなる。
具体的には、ドライバーや加盟店の売上に対して、少額の最終税(例えば0・5〜1%)をアプリ側が自動で源泉徴収し、月次で国庫へ納付させるモデルだ。電子商取引(EC)ではすでに一定規模以上の販売事業者について売上の0・5%を最終所得税として源泉徴収し、国に納めるスキームが導入されているが、この仕組みを配車やフードデリバリーにまで拡張する。 さらに、政府のアプリ活用は徴税以外に広げる可能性がある。例えば、国民保険料などさまざまな社会保障制度の支払いをアプリ上のフローに組み込む。
保険料納付の構想も
政府がドライバーやアプリを利用する事業者に対し「収入は完全に可視化され、一定割合は必ず税として引かれる」一方で、「最低限の所得水準と、医療・年金・ボーナスといった権利を保証する」というパッケージを提示することで、徴税と福祉をセットで正当化することができる。
デジタル上での収入履歴を信用情報として扱えば、ローン審査や住宅購入の支援に結び付けることも可能であり、「課税と同時に誰もが基本的な金融サービスを受けられる取り組みづくりを進める」というストーリーも描ける。
政府にとっては新しい税制を作ることなく、また非公式セクターの労働者からも税金を徴収でき、効果は倍増する。統合後の新アプリは複数の政策目標を束ねる中核装置になりそうだ。
各国の規制当局と衝突

Grab(グラブ)は成長の過程で各国の規制当局と衝突してきた。
シンガポールでは2018年、同業大手Uber(ウーバー)の東南アジア事業を買収した経緯が「事前届出なき違法合併」と判断され、競争・消費者委員会(CCCS)から罰金と行動是正命令を受けた。タクシー会社との独占契約の解除や、新規参入を妨げる契約条項の是正など、グラブは「準独占企業」として常時監視下に置かれるようになった。
フィリピンの競争委員会(PCC)は、ウーバーとの統合を条件付きで承認したが、その代わり料金の透明性確保やサービス品質の維持、新規参入阻害行為の禁止といった詳細なコミットメントを課した。事実上、独占状態を前提とした「行動規制付き独占」という枠にグラブを押し込める形だ。
ベトナムでは20年、政令でグラブなど四輪配車サービスが「IT企業」ではなくタクシーと同じ「運送業者」と見なされるようになり、車両表示や運行管理など重い規制が課された。
その結果、事業コストや運営負担が増し、インドネシア発の同業Gojek(ゴジェック)は24年に同国から撤退。グラブもビジネスモデルそのものの見直しを迫られている。
こうした各国での経験を踏まえると、グラブがインドネシアでのゴジェックとの統合案で政府系ファンドのダナンタラに黄金株を付与する意味が見えてくる。 これまでグラブは「規制当局とにらみ合う外資テック企業」として各国で処分・行動規制を受けてきた。だが、最大市場インドネシアでは、もはや外側から規制されるより、国家を株主として「中」に入ってもらい、運賃やドライバー待遇などのルールを共同で設計した方が長期的な安定につながる。
黄金株によって運賃や手数料、ドライバー報酬などに国家が拒否権を持つことは、民間企業としての自由度を削ぐ面もある。しかし、政治・規制リスクが高まる中、最大市場で政府と共同管理体制を敷くことは、グラブにとってリスクを織り込んだ新たな成長戦略となるだろう。(終)
