ドリアン「国果」論争が噴出

2025-11-28 05:06

尼馬両国、量と質で競う

 インドネシアのズルキフリ・ハサン食糧調整担当相が16日、「ドリアンはインドネシアの国果だ」と強調した発言が波紋を広げている。隣国マレーシアの業界団体がドリアンを「国果」に位置づけるよう政府に求める中、生産規模で勝るインドネシアと、高級果物として輸出で先行するマレーシアのせめぎ合いが表面化している。              

(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)
ジャカルタのコタ近くの路上のドリアン売り場

去年は過去5年で最大

 ズルキフリ氏は11月16日、中央統計庁(BPS)のデータを示し、2024年のインドネシアのドリアン生産量が196万トンに達し、前年から5・9%増増加し過去5年で最高になったと明らかにした。

 生産地別では最大産地の東ジャワ州だけで約58万トンと全国の3割を占め、中部ジャワと西ジャワを合わせたジャワ島だけでほぼ半分を占める。ズルキフリ氏は量的にはマレーシアを大きく上回ることを根拠に、「ドリアンはインドネシアの国の果物だ」と主張した。

 インドネシア側には「起源国」としての自負もある。国立研究イノベーション庁(BRIN)の研究者は、世界で知られるドリアン27種のうち21種がインドネシアに分布し、24年までに優良品種として登録された品種だけで約114種類に達すると指摘する。ズルキフリ氏が「ドリアンはヌサンタラ文化の一部であり、何百万人もの農家の生計を支える」と語る背景には、こうした科学的な根拠もある。

国内消費がほとんど

 ただし、インドネシアのドリアンの大半は国内で消費されている。BPSによれば、24年のインドネシアからの生鮮ドリアン輸出は約600トンにとどまり、金額は約29・4億ルピア(約180万ドル)。主な輸出先はタイや香港、シンガポールで、最大市場の中国向けはまだごくわずかだ。国内で「生産大国」でありながら、国際市場では「影の薄い存在」というギャップが浮き彫りになっている。

 政府は今年に冷凍ドリアンの対中輸出認可を取り付け、中部スラウェシ州パントロアン港からの直行航路を整備して輸送日数とコストを半減させる構想を掲げるが、本格的な中国市場参入はこれからだ。

馬国は輸出志向

 マレーシアは生産量では劣るものの、集約的な園芸産業と輸出志向で優位を築いてきた。輸出量のうち8割程度が中国向けとターゲットを明確にしている。マレーシア政府によれば、18~25年に中国向けに輸出された冷凍ホール果や果肉・ペーストは合計11万5359トン、取引額は63億7千万リンギ(約15億ドル)に達した。

 中国税関の統計では、2024年の中国のドリアン輸入量は156万トン、輸入額は69億9千万ドルといずれも過去最高を更新しており、その約9割以上をタイ、ベトナム、マレーシアなどASEAN諸国が占める。巨大な中国市場を巡る争いの中で、マレーシアは「プレミアム産地」としてすでに一定のポジションを築いた形だ。

食品愛国主義の争い

ジャカルタなどインドネシアの都市部のスーパーマーケットで、マレーシア産ドリアン「ムサン・キング」は売られている

 学術的には、ドリアンの起源はカリマンタン島やスマトラ島、マレー半島を含む「マレーシア地域」とされ、現代の国境線より広い生態系単位で語られてきた。共通の起源を持つ果物を、どちらの国が「国果」と名乗るかで争う構図は、レンダンやサテー、バティックなどを巡る「食品ナショナリズム」の延長線上にある。両国の政治家にとっては、安全保障や領有権といった硬いテーマに比べて、国内世論を動員しやすい「ソフトな愛国ネタ」でもある。

 もっとも、現時点でインドネシア、マレーシア両政府ともドリアンを国果として正式に法令で定めたわけではない。業界団体や閣僚の発言が先行する段階であり、実務面では両国とも中国向け輸出の拡大や品質基準の整備、園地認証などに追われている。マレーシア側も「国果」を巡る主張より、生産者の気候変動適応や違法開墾問題、環境保全との両立が課題として浮上している。

 インドネシアにとっての最大の課題は、量の優位をいかに付加価値に変えるかである。在来種の保全やGI取得、選果・予冷設備などのコールドチェーン整備、農家の組織化と品質標準の導入はまだ道半ばだ。国際的に見ると、ベトナムなどで新規植栽が急増しており、中国への輸出も世界各国の合計がすでに年間150万トン規模に達していることから、数年後の供給過剰と価格暴落リスクも指摘される。

 一方で、カリマンタンやスマトラを「ドリアンのふるさと」と位置づけたエコツーリズムや農業観光、加工品輸出など、インドネシアとマレーシアが協調できる余地も大きい。中国や中東向けに「ASEANドリアン」として共同プロモーションを行い、品種や残留農薬基準で足並みをそろえれば、タイやベトナムとの競争にも対抗しやすくなるだろう。

 ドリアンを国果と呼ぶかどうかは象徴の問題にすぎないが、その象徴を巡る言葉の応酬は、農業政策や輸出戦略、地域協力の方向性を左右しうる。インドネシアの「国果」宣言が、単なるナショナリズムのガス抜きで終わるのか、それとも農家所得と産地インフラを底上げする起爆剤となるのか。生産200万トンの潜在力を、マレーシアのように国際市場での実利につなげられるかどうかが、今後の焦点になる。

 強烈な香りで知られる果物のドリアンが今、マレーシアではいま「投資商品」として脚光を浴びている。中でも高級品種「猫山王(ムサンキング)」は、中国向け輸出を追い風に農家の収入源となり、農園そのものが不動産ポータルサイトで売買されるほど価値を高めている。農村から都市、そして国内外の投資家まで巻き込んだ、新しい輸出農業のモデルが立ち上がりつつある。

 マレーシアは東南アジア有数のドリアン生産国で、年間生産量は数十万㌧規模に達する。地元の屋台や市場で消費される身近な果物で、輸出に出回るのは全体の一部に過ぎない。それでも金額ベースでは存在感が大きく、ドリアン輸出額は2018年の約3億2120万リンギから、22年には過去最高となる11億4000万リンギ(約260億円)へと約8億リンギ増えた。このうち約8割が中国向けが占めるなど、「量は内需、値段は中国」という二重構造の高収益作物となり、農家の所得向上や地域経済の下支えに一役買っている。マレーシア政府も30年に向けて輸出量、輸出額ともに拡大する方針で、パーム油に続く「新しい輸出型アグリビジネス」と位置づける。

中国輸出解禁が契機

 流れを変えたのは、中国市場の扉が開いたことだ。10年代前半、まずドリアンペーストなど加工品が中国向けに輸出され始め、18年ごろ、冷凍ホール果実の輸出が認められたことで、「猫山王」を丸ごと中国の消費者に届けられるようになった。 

 中国ではタイ産が大量供給の主役、ベトナム産が価格の手頃さで追い上げているが、中でもマレーシア産、とりわけムサンキングは「最上級ブランド」として位置付けられている。量で競うのではなく、香りと味、産地ストーリーで高い付加価値を付ける高級ニッチ市場を確立した。

 農家にとっては1本の木が長期にわたって収入をもたらす“資産”に近い感覚を生み、投資マネーを呼び込む前提条件になった。農園の価値も上がり、マレーシアの不動産サイトを開くと、住宅やに交じって「ムサンキング・ドリアン農園」と名づけられた物件が並ぶ。ある物件では広大な農園にムサンキングの成木と若木が植えられ、灌漑(かんがい)設備や貯水池、作業者用の住宅まで整った「稼働中の農園」が一括で販売されている。

木1本から投資可能

マレーシア・パハン州の農園でたわわに実るドリアン=ジャカルタ日報撮影

 一般投資家にも購入しやすい仕様になっており、価格も「総額◯◯万リンギ」「1エーカー当たり◯◯万リンギ」と、不動産投資の尺度で提示される。高収益が見込めるムサンキングがあることで、単なる農地ではなく複数の価値を持つ「ハイブリット資産」として評価されていることがうかがえる。

 投資の形は農園丸ごとの売買にとどまらない。近年は、ムサンキングの木を細かく区切って販売する小口投資スキームも登場した。例えば「木1本で幾ら」「5本パッケージで幾ら」といったといった商品が用意され、投資家は木のオーナーとなる。

 運営や収穫は農園側が担当し、投資家は収穫量や販売価格に応じた配当を受け取る仕組みだ。農園側から見れば、新しく木を植える費用や設備投資の資金を市場から調達する手段となり、一方の投資家にとってはドリアンブームに間接的に参加する新たな選択肢となる。

 パンフレットには「年率◯%」「◯年で投資額が数倍」といった数字が並び、海外在住者に向けて「遠くにいてもマレーシア農業の成長ストーリーに参加できる」とアピールする。もちろん、作柄や価格変動、運営会社の信頼性など、通常の金融商品とは異なるリスクも抱えるため、マレーシア当局は無認可事業に注意を促している。

隣国の先行事例

 ムサンキング農園には、「農地としての地価」「果物としての販売価格」「投資商品としての評価」という3つの価格が重なるようになった。ドリアンが中国市場で人気の間はこの3つが互いに支え合い、農園の価値と農家の所得を押し上げる。農園が整備されれば、シーズン中のドリアン食べ放題ツアーなどアグリツーリズムも組みやすくなり、地域のサービス産業にも波及効果が広がる。

 一方で、輸出先が中国に偏りがちな状況の中、タイやベトナムとの競争が激しくなれば、ムサンキングの価格に変動が起きる局面も生じうる。気候変動や病害の影響も無視できない。高い利回りを前提に作られた投資スキームは、前提となる条件が変わった時どこまで耐えられるのかという問題をはらんでいる。

 インドネシアもまた、豊富な在来種と生産ポテンシャルを背景に、中国向けドリアン輸出の拡大を模索している国だ。マレーシアの経験は先行モデルであると同時に、設計のヒントにもなりうる。ブランドづくりと輸出制度の整備に加え、環境ガバナンスや投資スキームに対するルール作りをどう組み合わせるか。そこをうまく設計できれば、農村・投資家・環境が共存する政策モデルを描くことも不可能ではない。