もし日本が受注していたら

2025-12-03 05:24

不可能だった黒字新幹線

 ジャカルタ~バンドン高速鉄道「Whoosh(ウーシュ)」をめぐって、たびたび持ち出されるのが「もし日本案が採用されていたら」という仮定だ。中国案と同様に甘い需要予測は共通で、乗客数や採算性の根本的な問題は日本案でも変わらず、「黒字の新幹線」にはなりえなかったことは間違いなさそうだ。
東海道を走る日本の新幹線。インドネシアで走る姿は見られなかった=ShutterStock

日中共通の甘い予測

 日本案は、ジャカルタ~バンドン区間を単体で完結させるというより、「ジャカルタ~スラバヤ」のジャワ横断高速鉄道の第一期として位置づけていた。国際協力機構(JICA)や経済産業省がまとめた調査結果では、ジャカルタ~バンドン~チレボンを内陸側で結ぶルートの経済性は13・6%と算定され、北岸ルートより優位と評価されている。当初想定されていた2020年の開業時の需要は1日4万4千人、2050年には14万8千人まで伸びるという前提であった。

 これに対し、現実の高速鉄道は、平日で1日1万6千〜1万8千人、週末でも2万人前後にとどまる。日本の初期想定4万4千人は、現在の実績のおおよそ2倍強であり、50年14万8千人ともなれば全く別世界の数字だ。中国側の調査でも5万〜7万6千人/日を想定しており、日本以上に強気の需要見通しを置いていた。

 日中双方とも自動車利用者が大量に高速鉄道に乗り換えることを前提としていたことは共通しており、需要読みの甘さという意味で、同じ「病」を抱えていたと言わざるを得ない。

工期とコストで有利か

 工期とコストについてはどうか。日本案も中国案も線路のルートはほぼ同じジャカルタ〜バンドン内陸側を想定し、トンネル・橋梁の比率も大きくは変わらない。日本案が採用された場合、環境アセスメントや詳細設計に時間をかける分、着工はやや遅れ、コロナ禍を経て開業は23年より1〜2年後ろにずれ込んだ可能性はある。

 一方で、施工段階のコスト管理と設計変更の統制は中国よりも厳しいとみられ、中国案のような約2割のコスト超過は起こらなかった公算が大きい。25年の時点で見れば、事業費は当初約60億ドルに対し数%〜1割程度の膨張で済んでいた、というシナリオは十分あり得る。

 もっとも、収支の根本は日本案でも大きくは変わらない。駅立地、運賃水準、所得水準、車社会の強さといった構造要因が同じである以上、日本案だけが魔法のように乗客を倍増させ、運賃だけで建設費を回収できたとは考えにくい。

 どちらの案であっても、「運賃収入+一部関連開発」では建設費と利払い・減価償却をフルに賄うのは難しく、赤字インフラであること自体は避けがたかったと見る方が現実的だろう。

外交面で日本が存在感

 外交面での日本の影響力は変わっていた可能性が大きい。中国案の採用でウーシュが習近平主席が唱える一帯一路の「看板案件」として強く宣伝され、その後ニッケル、電気自動車(EV)といった分野でも中国投資が一気に広がった。高速鉄道という象徴案件を中国が握ったことで、中国はインドネシアにより傾斜していくことになった。

 もし日本案が採用されていれば、中国はインドネシアにおける象徴案件を一つ失い、インフラ投資で進出していく足がかりは弱くなっただろう。その代わり、鉱物資源やデジタルなど個別案件を積み重ねる、より分散的な関与パターンになっていたと想定される。

 日本側は、「大型ODA+新幹線輸出」の成功事例を一本手にし、その後のジャワ縦貫(ジャカルタ〜スラバヤ)や他の鉄道・港湾案件でも“日本軸”が強まっていた可能性がある。他方で、インドネシア国内には中国が台頭する中でバランスをとる意味でも、「対日依存」を懸念する声が出ていたかもしれない。