政府系ファンド、中国と交渉膨らむ債務の減額求め
ジャカルタ~バンドン間の高速鉄道「Whoosh(ウーシュ)」は運賃収入が伸びず、中国から借り入れた建設費の利息分の支払いも満足にできない状態が続いている。インドネシア政府は「国家予算は使わない」という立場で、政府系ファンドのダナンタラが中国との債務の再編交渉に乗り出した。一方で、建設計画をめぐり汚職疑惑の捜査が進むなど政権交代後に溜まっていた膿があふれ出している。
(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)

グレーな公的救済
ダナンタラは国営マンディリ銀行や国営石油プルタミナなど主要な国営企業の株式を束ねる政府系ファンドとして今年始動した。プルバヤ財務相は「ウーシュの問題は国家予算はなくダナンタラが対応する」と繰り返し述べ、表向きは国家予算の負担を避けつつ、実際には国営企業からの配当を原資に債務負担を吸収する「グレーな公的救済」の構図を描く。
ダナンタラと政府が中国国家開発銀行(CDB)と交渉しているのは、ウーシュの債務の再編だ。主な論点は、①返済期間を40年から最大60年へ延長すること、②当初計画分のドル建て2%と超過分の人民元建ての3・4%に分かれた金利を引き下げること、③ドル建ての一部を人民元建てに切り替え為替リスクを調整すること、の三つである。
名目上の元本は減らさず、返済期限を延ばし金利を下げる。これは帳簿上の元本は削減されないものの、現在の価値で見れば中国側が一定の負担を飲む「ソフトな値引き」に近い。中国にとっては一帯一路の旗艦案件を債務不履行(デフォルト)させない代わりに、利息収入の一部を放棄する妥協であり、インドネシアにとっては毎年のキャッシュフロー負担を和らげる措置となる。
忠誠度テストの愛国債

ダナンタラはこうした政府が国家予算で支援できない案件の受け皿として、10月に「愛国債」を発行した。この債権は5年、7年といった中期で、国債利回りを大きく下回る2%の利払いしかないにもかかわらず、財閥系企業や富裕層が相次いで購入した。名目上は市場取引だが、実態としては「政府に対する忠誠度テスト」(インドネシア政府関係者)の意味合いが強い。ダナンタラによると、すでに50兆ルピアが集まったという。
こうしてインドネシア側はダナンタラの配当収入と愛国債で集めた低利資金を使うことで、国家予算を使わずに負債を肩代わりすることができる。表面上は「中国との友好協力」「あくまで企業間のプロジェクト」という看板を維持しつつ、「事実上の公的資金」を投じて債務構造を延命する。これが、現在進行している「静かな債務再編」の実像である。
ダナンタラのロサン・ロサニ最高経営責任者(CEO)は2日、債務再編交渉で訪中すると発表した。この交渉チームにはプルバヤ財務相も同行する方向で調整を進めているという。
用地買収で汚職容疑

しかし、すべての債務が同じ重みで扱われて良いのかという問題もある。
汚職撲滅委員会(KPK)はウーシュのプロジェクトに関し、用地買収を中心とした汚職疑惑の捜査を進めている。典型的な手口として疑われているのは、本来は国営企業や国が所有していた土地を、関係者がいったん個人やペーパーカンパニー名義に移し、その後プロジェクト向け用地として「民有地」として高値で買い戻させた、というパターンだ。
会計検査院(BPK)はこれまでもコストの増大に警鐘を鳴らしてきた。1キロあたりの建設費は約5200万ドルと、中国国内の類似プロジェクトの2〜3倍に達しているとされ、その差額の一部は用地取得や調達の不正によるものではないかとの疑念がある。
もし汚職によって膨らんだ部分まで含めてダナンタラが債務を丸ごと引き受ければ、「汚れた債務」が公的資金で洗浄されることになる。市民団体や専門家からは、「不正分を切り出し、責任の所在を明らかにしないまま救済すれば、ツケは最終的に国民に押しつけられる」との批判が出ている。
諦めぬスラバヤ延伸
こうした重い課題を抱えながらも、インドネシア政府はなお「ジャカルタ〜スラバヤ延伸」の夢を手放していない。延伸距離は約700キロに及ぶとみられるが、現行の区間だけでも「利払いが運賃収入を上回り、40年たっても採算が見えにくい」という状況で、高速鉄道をスラバヤまで伸ばすのは、財政的にも政治的にもハードルが極めて高い。
インドネシア政府の一部には「今からでも延伸部分は日本に頼めないか」とする声が上がっている。これに対し、ある国際協力機構(JICA)関係者は「日本人にとって新幹線は技術の結晶として宗教的な重みがある存在。先行していた日本案を一度断った以上、世論が許さない」と難色を示す。
2010年代にインフラ輸出を競った日中と、受け手側のインドネシアの思惑が交差する中で生まれたウーシュは、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前政権からの重い課題としてプラボウォ・スビアント政権に受け継がれた。どういう方法で解決するにせよ、インドネシアは国家予算を投入しないという玉虫色の導入方法を選んだ重いツケを払うことになるのは避けられない。(終)
