問われる消費国の責任
インドネシア沿岸で捕られた透明なロブスター稚魚は、まだ殻も柔らかいまま海と空を越え、ベトナムの養殖カゴや中国の高級料理店へと送られていく。その背後には、零細漁民から外国人ブローカー、空港職員、シンガポールの再輸出業者まで、多層的なネットワークが折り重なる。ロブスター稚魚密輸は、水産資源の乱獲という枠を越え、国際的な組織犯罪と資金洗浄が流れ込む「海のグレーゾーン」となっている。

採捕地から「集積地」へ
ロブスター稚魚の主な採捕地は、南スマトラ州やジャンビ州の沿岸、ジャワ島西部バンテン州南岸、西ヌサトゥンガラ州ロンボク島周辺などに広がる。漁民は南シナ海やジャワ海、バリ海で幼生期の稚仔を捕り、国内外のバイヤーに販売する。
24年の押収統計では、南スマトラ州パレンバンが約31・2万尾で最多、次いでタンゲラン(20・8万尾)、バンカブリトゥン州(17・8万尾)と続く。数字を並べると、スマトラ東岸からジャワ西岸にかけて「密輸供給の集積地」が帯状に形成されていることが見えてくる。
リアウ諸島州バタム島周辺は、シンガポール向け密輸の中継地として暗躍してきた。インドネシア本土から搬出された稚魚は一旦バタムなどで集荷・蓄養され、小型船でシンガポール側に運び込まれる。シンガポールで悪質ブローカーに書類上「合法品」に姿を変えたロブスター稚魚は、そこからベトナムや中国へと再輸出されていく。
海では船で捕物劇
密輸ルートは大きく海上と空路に分かれる。海上では、高速船や漁船が夜間に国境水域を横断し、マラッカ海峡経由でマレー半島方面や、カリマンタン島北岸から南シナ海を抜けベトナム方面に向かう。リアウ諸島では、海洋水産省と税関の合同パトロール艇がシンガポール方面へ疾走する不審船を追跡し、約5万匹の稚魚を積んだまま遺棄された船を押収した事例もあった。犯人はスーツケースごと船を乗り捨て、小島のマングローブ林へと逃げ込んでいったという。
空港職員巻き込む手口
空路でも、主要国際空港から国外に直接送り出す手口が確認されている。ジャカルタのスカルノハッタ空港、スラバヤのジュアンダ空港、バリ島デンパサール、ロンボク国際空港などが利用され、稚魚は衣類や電子部品を装った航空貨物や旅客の預け荷物として積み込まれる。
2021年4月、ジュアンダ空港では約8万尾の稚魚が段ボール箱に詰められた状態で発見された。送り状には衣類や電子機器と虚偽申告され、箱の中にはX線検査をごまかすためバナナの葉や菓子が詰め込まれていた。
25年2月には同空港で、シンガポール行き格安航空便の乗客が預け荷物2箱に計6万匹の稚魚を潜ませ、航空会社のグラウンドスタッフを買収して検査をすり抜けようとした事件も発覚した。内部協力者を取り込むことで検査の目をかいくぐる手口であり、空港職員も巻き込んだ組織犯罪として立件されている。
海外に利益が集中

ロブスター稚魚の密輸ネットワークの利潤分配は典型的なピラミッド型と言われる。
最下層の漁民には、ごく一部の代金しか支払われない。稚魚一尾あたりの国内取引価格は数千〜数万ルピアに過ぎないが、ベトナムなどで養殖されて出荷サイズに育つと、一尾数十ドルで取引される。最終的に中国の高級海鮮市場に届く頃には、一尾数百ドル相当の値がつくことさえある。付加価値の大半はインドネシア国外で創出・回収されている。
インドネシア金融取引報告解析センターは、19年の違法稚魚取引による機会損失を9千億ルピア規模と推計した。インドネシアが自国内で養殖・輸出すれば本来得られたはずの利益が、密輸ネットワークと海外の養殖業者に吸い上げられていることを意味する。
ベトナムが最大需要国
ロブスター稚魚の最大の需要国はベトナムだ。同国のロブスター養殖業界が年間に必要とする稚魚は約6億尾に達し、その多くをインドネシアなど近隣国からの輸入に依存している。
養殖技術や設備が整ったベトナムは、安価な稚魚を仕入れ、高値のロブスターとして出荷し、多大な付加価値を得ている。長年、インドネシアからの合法輸出枠が存在しなかったため、インドネシア側の資料には「ベトナム養殖に使われる稚魚のほぼ全てがシンガポールなどを経由した密輸品」との厳しい評価も並ぶ。
一方、シンガポールは再輸出ハブとして重要な役割を果たしてきた。インドネシア政府は同国に対し、インドネシア産稚魚の受け入れ自粛を繰り返し求めてきた。23年には両国当局が協力覚書を協議し、シンガポール食品庁(SFA)は同年10月、生体水産動物の再輸出に原産国の衛生証明書提出を義務付ける新規則を施行した。インドネシア側はこれを「前進」と評価しつつも、書類偽装や原産地偽装の余地があること、シンガポール国内法上、稚魚自体は保護対象生物ではないため、インドネシアから見れば違法でも、入国した途端「合法な水産物」となり得るギャップが残ると指摘する。
中国も責任
ロブスターベビー密輸は、東南アジアにおける違法野生生物取引やIUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)の一部でもある。東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は19年の声明で、違法野生生物取引の経済・環境影響の深刻さを認め、供給国・中継国・需要国が連携する必要性を強調した。
インドネシアはロブスター稚魚密輸を「自国水産資源の略奪」と位置づけ、国連持続可能な開発目標(SDGs)の海洋目標とも絡めて国際社会に訴えている。
しかし、需要側の責任はなお限定的だ。中国はロブスター市場の最大の消費地であり、本来であればベトナム産ロブスターの原産を精査し、違法稚仔由来であれば輸入禁止とする措置も取り得るはずだが、そうした動きは十分とは言えない。インドネシアにとっては、ASEAN内の枠組みだけでなく、中国を含む広域フォーラムで議論を提起し、需要国に行動を促す戦略が求められる。
