モラルハザードが懸念
インドネシア政府は国民健康保険制度を支えるBPJS Kesehatan(健康保険)の滞納分帳消しを来月にも実施する方針を固めた。BPJS健康保険については、日雇い労働者など非正規雇用者を中心に保険料の滞納が慢性化しているため、今回の帳消しで利用再開を促す狙い。ただ、これまで保険料を払ってきた国民との公平性など懸念点が多く、帳消しの具体的な条件などについて慎重な議論が求められている。(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)
2800万人が滞納、保険証凍結

BPJS健康保険は国民全体の2億8千万人の9割以上が加入しているが、2024年6月時点で、滞納者は約2800万人、金額は20兆ルピア(約1900億円)を超えるという。
BPJS健康保険の加入者には大きく分けて、政府が全額保険料を補助する制度(PBI)の対象となる貧困層と、それ以外(Non-PBI)に分かれる。Non-PBIの場合、企業により支給される給与からの天引きで加入するPPUと個人で自主的に加入するPBPUの二種類のタイプが存在する。PPUの保険料納付率は高い一方、自主加入のPBPUでは滞納が多発している。PBPUの保険料徴収率は近年は改善傾向にあるが、全国平均で6~7割程度にとどまるという。
保険料の滞納は14年にBPJS健康保険が設立されて以来、慢性的に赤字を垂れ流す要因だった。コロナ禍の20〜22年は、保険料の引き上げや国民の間で病院利用が減ったことにより黒字を維持したが、コロナ禍が明けた23年以降、収支は再び赤字に転落。この理由として、保険料の滞納のほか、保険料の低さ、給付範囲が広いことによる給付費増大といった制度的欠陥が挙げられる。
低所得者層の保険料全額補助が重荷

20年時点でPBI対象者は約9660万人にのぼり、一人当たり月額4.2万ルピアの保険料が名目上設定されている。この保険料は中央政府によって負担され、その財政支出金額は年間約48兆ルピアにも達する。さらに地方政府も合計3600万人規模の住民の保険料を肩代わりしており、年間で約18兆ルピアを拠出している。
これら政府補助金がBPJS健康保険の財源の相当部分を占めており、加入者約2億7千万人の約半数近くが事実上税金で保険料をまかなわれている計算になる。加えて、健康保険の巨額赤字に対応するため政府は度々追加の財政支援も実施してきた。この低所得者への全額補助は財政上の大きな重荷となり、この10年間、政府を悩ませてきた。
帳消しに根強い慎重論

保険料の滞納が起きると保険証が凍結され、医療サービスを受けられない。特に貧困世帯で治療を控えるケースが社会問題化したため、昨年から政府内でBPJS健康保険の未納保険料を一括して帳消しにするという案が浮上し、25年にかけて国民的な議論が本格化している。
帳消しを推進する立場は「セーフティーネットを社会全体で確保するため」と主張する一方、慎重派・反対派は財政面と制度モラル面のリスクを唱える。帳消し分の公的補助を導入するには、また別の公的補助が必要となり国民全体の財政負担が増えることに加え、「一度帳消しが実施されれば、どうせまた免除されるとの期待が高まり、利用者のモラルハザードにつながる」(専門家)との懸念も出ている。また、市民からは「これまで真面目に保険料を納めてきた国民がばかを見るような制度はおかしい」(20代男性)との声も出ている。
BPJSは20年のコロナ流行時、6カ月分の支払いで再加入を認める救済策を打ち出して一定の効果を挙げた。今回も一度に全部帳消しにするのではなく、こうした段階的な負担軽減策で滞納解消を図るべきとの指摘もある。
BPJS健康保険は今月14日、プラボウォ・スビアント大統領から滞納保険料を免除するよう直接指示を受けたことを明らかにした。対象は支払能力の低い非正規雇用の加入者ら約2300万人、免除される滞納総額は7.69兆ルピアに上り、2年以上にわたる長期未納分が大半を占めるという。
政府はこの政策の詳細を詰めているが、単なる国民の人気取りよりも、中長期的な制度維持の視点に立った具体案が求められている。
次回は、今回問題となっているBPJS健康保険について、所得別の保険料の内訳など内容をより詳しく見ていく。(続)
