連載特集記事 エビが暴いた放射能汚染(下)

2025-10-17 04:30

米国向けエビの放射能検出、安全基準にズレ

台湾では即席麺が輸入禁止に

米国向けインドネシア産冷凍エビから8月に放射能が検出された問題で、インドネシア側の食品・環境に関する安全基準の甘さと管理体制の遅れが指摘されている。今回のエビの事案だけでなく、過去に台湾当局からインスタント麺「インドミー」から有害物質が検出されたとして輸入が停止されていた。これらの有害物質検出問題は、いずれもインドネシア国内の「安全」基準が国際標準と乖離している懸念を浮き彫りにしている。(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)

イの「抜け穴」疑う米

今回エビから検出された放射性セシウムについて、米国アメリカ食品医薬品局(FDA)がインドネシア産エビから検出したセシウムの濃度は1キロあたり68ベクレルで、FDA自身の介入基準(1200 ベクレル)の20分の1以下であり 、日本や欧州連合(EU)が福島原発事故後に設けた一般食品の規制値(日本100 ベクレル/キロ、EU600 ベクレル/キロ)よりも低いレベルだった。
 
それでもFDAが輸入停止や検査証明義務化といった厳格な対応に踏み切ったのは、「本来存在しないはずの放射性物質が検出された」という事実そのものを重視したためだ。言い換えれば、インドネシア側の製造・輸出過程に放射性物質管理の抜け穴があったことを疑われた。インドネシアには原子力発電所や核兵器は存在しないため、放射能に対する知見や対応できる体制が弱いと考えられた。

台湾指摘でインドミー打撃

国民食であるインドミー(Indomie)も、海外では品質問題が指摘されている(イメージ画像 Shutterstock)
今回の米国以外にも、台湾の食品検査当局が9月、インドネシアの国民食といって良いインスタント麺「インドミー」の1種類から発がん性が指摘されるエキレンオキシド(酸化エチレン)を微量検出し、当該輸入ロットの回収と販売禁止を決定した。検出量は0.1ミリグラム/キロで、台湾ではエチレンオキシドは「いかなる微量であっても検出されてはならない」と法規制されている物質。インドミーの製造元インドフード社は「当該製品は自社が正式に輸出したものではなく、第三者が流通させた可能性がある」と釈明したが、結果的に台湾当局は同製品を市場から排除し、消費者に注意喚起する事態となった。
 
この問題が浮き彫りにしたのは、食品中の残留農薬・添加物に関する各国基準の違いである。エチレンオキシドは殺菌や農業用殺虫剤として使われる化学物質だが、残留すると発がんリスクがあるため各国で使用や残留を厳しく規制する動きが広がっている。特に食品への直接的な使用は多くの国で禁止されており、台湾は「検出ゼロ」という最も厳しい基準を採用している。これに対し、インドネシア政府は「自国の基準では安全」と主張してきた経緯がある 。
 
実際、2023年4月にも台湾はインドミーの別のフレーバーからエチレンオキシドを検出し輸入禁止措置を取ったが、インドネシア政府は「検出された残留量は規制の範囲内で問題ない」との見解を示し、物議を醸した経緯がある。インドネシア側は「台湾とは規制基準が異なる」と強調したが、結果的に台湾のみならずマレーシア当局も同じロットの回収を指示する事態となり、インドネシアの即席麺産業は大きな打撃を受けた。

基準や制度が徹底されていない

エビの放射性物質汚染とインドミーの残留農薬問題という二つの事案には共通する構造的な問題がある。それは「基準や制度は存在しても実施・監督が徹底されていない」という点だ。インドネシアでは法令上、食品安全基準(2012年食品法など)や環境保護規制は整備されているが、現場での監督体制や違反抑止の仕組みが不十分だとの指摘もある。
 
実際、今回のように、海外からリサイクル原料を輸入する際の放射線検査も十分でなく、首都港湾で汚染スクラップの搬入を許していた。インドネシア政府は10月に入り「スクラップ金属の輸入規制を再検討する」と表明し、廃棄物処理業の放射能チェック基準づくりに乗り出したが、後手に回った感は否めない。
 
農薬や添加物についても同様だ。インドネシア政府はインドミー問題を受けて台湾当局と協議を開始し、「必要なら輸出製品向け基準を見直す」とコメントした。しかしインドネシア国内では依然として一部で有害農薬が使われていたり、過剰な食品添加物が野放しにされていたりするという批判がある。たとえば過去には、国際的に禁止された殺虫剤が小規模農家で慣習的に使われ続けていたケースや、食品加工での防カビ剤過剰使用が報じられたこともあった。国内市場向け基準の甘さが結果的に輸出産品の信用不安を招く懸念は大きい。

検査証明の充実が不可欠

安全確保のために今後取り組むべき課題も明確になってきた。第一はトレーサビリティ(追跡可能性)と検査証明の充実である。インドネシアの食品輸出はエビに代表されるように多数の中小生産者や加工業者が関与する複雑なサプライチェーンを持つ。今回の放射能問題では、現地当局は短期間で原因箇所を特定できたものの、これは米国FDAからの通報という助けがあってのことだった。
 
国内には輸出食品に対する放射性物質検査の仕組みが整っておらず、また放射性廃棄物が不適切に処理されていないかを監視する体制も十分ではなかった。今後は輸出向け製品について、生産・加工・流通の各段階での検査記録をひも付け、一元的に追跡できる仕組みが求められる。米FDAが要求した「第三者認証による放射能検査証明の添付」は、その端緒といえる。

日本も水産物・香辛料を輸入

インドネシア産の水産物や香辛料は、日本にも多く輸入されている(イメージ画像:Shutterstock)

日本も他人事ではない。政府統計によると、2024年に日本のエビ輸入額2086億円の16.1%がインドネシア由来、カツオやマグロ類のツナ系は全体の1894億円の5.9%を占める。香辛料もナツメグの約95%がインドネシア産で、胡椒も同国は主要な供給国となっている。

 

インドネシアは豊かな農水産資源を背景に、世界の食品市場で存在感を高めてきた。だがグローバル化が進む中、その安全・品質基準もグローバル水準へ引き上げていかねばならない転機を迎えている。今回の教訓を機に、インドネシアが制度の穴を埋め、安心して取引・消費できる食品供給国へと進化できるのか。その行方に注目が集まっている。(終)