インドネシアニュース 北スマトラ洪水、地方で進まぬ復興ーピースウィンズ・ジャパンが現地視察

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 昨年末にスマトラ島北部を襲った洪水から約2カ月が経過した。現地を視察した国際人道支援のNGO法人「ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)」によると、メダンなど都市部では日常生活が戻りつつある一方、アチェなど地方の被災地は、生活再建の入口にすら立てていない状況が続く。特にインフラ面での復旧の遅れが復興の足かせになっているという。

流木の横で避難生活を送らざるを得ない被災者=ピースウィンズ・ジャパン提供

■都市部は日常に戻る

 PWJは1996年設立の国際NGOで、世界各地で人道支援活動を展開し、現在の職員は200人を超える。PWJは昨年11月末にスマトラ島北部で豪雨災害が発生したとの情報を受け、12月4日に日本を出発し、北スマトラ州の州都メダンに入った。

 今回の災害についてインドネシア政府は国内で対処可能との姿勢を示しているため、PWJは現地のNGOと連携して視察にあたった。

 スタッフが昨年12月上旬に被災地入りした際、メダン周辺ではクリスマスパーティーが開かれるなど、市民生活は平常に近い状態だったといい、災害に対する当事者意識の薄さに衝撃を受けたという。 

 今年に入って1月中旬にPWJの遠藤庄治氏が現地入りした際は、メダンや周辺の都市部では水が引き、災害の痕跡はほとんど見られなくなっていた。

■泥に埋まった「収入源」

大木が住宅地に流れ込み、多くの家を壊した=同

 しかし、同じ島内でも地域が変われば景色は一変する。遠藤氏が訪れたアチェ州ビルン県では、家屋や農地に50センチから1メートル以上にもなる泥が堆積し、復旧作業は進んでいなかった。村の約8割が農家で、稲作が主な収入源だが、田畑が泥に埋まり、次の作付けの見通しが立たない状態だったという。

 さらに、泥が乾けば土ぼこりとなって舞い上がり、それを住民が吸い込むことによる健康面の不安も残る。浸水被害にとどまった地域とは異なり、土砂や倒木が流れ込む「複合的被害」が、復旧の難度を押し上げていた。

■物流停滞が障害に

 遠藤氏が日本との違いとして強調するのが、インフラ復旧の遅れだ。災害発生から1カ月以上が経てようやく村への橋が復旧したが、上水道は約2カ月を経ても、なお復旧していない地域があるという。道路や橋、水道が復旧しなければ支援物資の搬入そのものが滞り、住民は自力での復旧を余儀なくされる。こうしたロジスティックス(物流)面での問題が、復興を阻むボトルネックになっている。

 また、現地で共通して見られたのが、災害を宗教的に「神の意志」や「試練」として受け入れる姿勢だと遠藤氏は指摘する。   

 「宗教は精神的な支えになる一方、防災や減災への議論や準備が広がりにくい側面がある」と同氏は語る。避難生活を続ける住民は、表面的には明るく振る舞うものの、収入源の回復と生活基盤の再建にはなお時間がかかる見通しとみられる。

■生活物資を配布

アチェ州のペウサンガン・シブラ・クルン地区へ続く橋。1月上旬から仮の補修工事が国軍により行われ、同地区への出入りが可能にになったが、それまでは陸の孤島となっていた=同

 PWJは今回、日々の生活に必要な物資を支援。飲料水(大型タンクへの定期供給やガロン水の配布)のほか、石けんやシャンプーなどの衛生キット、マット・蚊帳・ブルーシートといった生活必需品を配布した。

 現地では、赤十字社が地元企業と連携し、小型ショベルカーをレンタルして共有部分などの清掃を支援する動きもあったが、規模は限定的だ。PWJも重機をレンタルして泥の撤去を後押しする案を検討しているという。

■さまざまな支援を

 今回のスマトラ島北部での洪水災害は、日本から見れば「遠い国の災害」に映るかもしれない。しかし、インドネシアで事業を展開する日本企業にとって無関係ではない。スマトラやアチェ出身の従業員を抱える企業は少なくなく、被災は家族の生活や送金、就労の安定にも影を落とす。

 遠藤氏は、まず現状を知ってもらうことが重要だとしたうえで「寄付だけでなく、物資提供や重機・輸送手段の貸与など、各企業の強みを生かした支援の形がある」と広く支援を呼びかけている。