インドネシアニュース 坂村さんに聞く 海外クライシスのツボー第1回 燃料価格とデモ

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 米国・イスラエルとイランの戦闘などを背景に、国際情勢が急速に緊張感を増している。インドネシアの在留邦人にとっても、日ごろの備えを見直すべき局面に入った。ジャカルタ日報は危機管理専門家の坂村史帆氏と、現地法人でBCP(事業継続計画)担当となったアマンさんとの対話を通じ、実務的な対応策を探る新連載を始める。第1回目のテーマは原油価格上昇によるデモや暴動といった「騒乱」への備えだ。

ジャカルタで昨年8月に発生したデモでは一部が暴徒化するなどの騒ぎになった=ムハマディア大学サイトより

■燃料上昇が引き金

 アマンさん(以下、ア) 最近は中東情勢が不安定で、インドネシアでもまた物価が上がるのではという話を聞きますが企業として神経質になる必要があるのでしょうか。

 坂村さん(以下、坂) 十分に注意すべきですね。特にインドネシアでは、燃料価格の上昇が大規模デモにつながる歴史がありました。

 ア 燃料価格と騒乱が結びつく? 

 坂 かなり密接です。例えば1998年に当時のスハルト政権が倒れる原因となったデモは、燃料補助金の削減による価格上昇が原因でした。2003年のメガワティ政権、13年のユドヨノ政権でも、財政赤字のために燃料価格の引き上げがあり、反政府デモにつながりました。つまり、燃料価格の上昇は、インドネシアでは社会不安に直結しやすい理由の一つなのです。

 ア 今後また燃料価格が上がる可能性があるなら、企業側も今のうちから備えるべきということですね。

 坂 その通り。まず、ジャカルタなどでのデモがどういうパターンで起きるのか、確認が必要です。

 ア パターン?

 坂 実は、デモの発生にはかなり予測可能な面があります。多くの場合、政府施設の周辺で発生して、大規模な交通渋滞を引き起こし、その後に路上や施設、車両への放火などに発展する。場所もほぼ決まっていて、ジャカルタならモナスや国会周辺、タムリン通り、財務省周辺などに集中する傾向があります。ですから、過去10年程度のデータを整理するだけでも有効な備えになります。

 ア 発生しやすい場所が分かれば対策も立てやすいですね。

 坂 そこで有効なのが「レッドゾーン・マップ」の作成です。デモが起きやすい場所を地図に落とし込んで、それに自社オフィス、従業員の居住地、重要取引先を重ねます。順番としては、まず自社オフィス、次に従業員、最後に重要取引先をマッピングすると整理しやすいですよ。

 ア そうすると何が見えるのでしょうか?

 坂 自社との「距離感」が一目で把握できます。デモの予告が出た時や、現地従業員から情報が入った時、どの地域の従業員を在宅勤務に切り替えるか迅速に判断できるため、事前にエリアごとの対応方針を決めておけば混乱も抑えられます。

 ア 人の安全を守るには、まず地理情報を整理することが大事なのですね。

 坂 その通りです。加えて、レッドゾーンにあるオフィスや住居には消火器の設置も欠かせません。インドネシアでは、施設や車両への放火が「いつものパターン」として起きうるからです。 

 ア 安否確認はどうすればよいでしょうか?

 坂 局地的な緊急事態であればメールやWhatAppなどの通信アプリでも十分対応可能です。しかし、40~50人を超える企業は専用システムの導入を検討した方がよいでしょう。

 ア なるほど。小規模オフィスなら、既存の連絡手段をうまく使えばいいわけですね。

 坂 重要なのは「誰が安否確認を実施して取りまとめるか」を決めておくことです。安否確認の実施責任者と代行者を事前に決め、社内規定に明記するのがベストですね。ツールそのものより「運用ルール」が重要です。

 ア 確かに、連絡方法があっても運用する人がいなければ機能しませんね。

 坂 もう一つ見落とされがちなのが「ロゴ着用の回避」です。

 ア 会社のロゴ入りストラップとかバッジですか?

 坂 はい。通勤時に会社名やブランドが一目で分かるものを身に着けるのは避けた方がよいですね。特に金融機関や外資系企業、高級ブランドは、一般大衆からの不満の標的になりやすい。25年4月には、パキスタン各地で米系資本を理由にケンタッキー・フライド・チキンが略奪などの被害を受けました。日本のブランドはこれまで比較的狙われることが少なかったとはいえ、安心してよいという訳ではありません。

 ア なるほど……危険なのは会社の中ではなく、通勤の場でも同じなのですね。 

騒乱に備え、オフィス設備の強化を

昨年8月に起きたジャカルタのデモでは、高速道路の入口など公共施設も焼き討ちの被害に遭った=ジャカルタ日報撮影

 坂 もしオフィス内に従業員がいる時に騒乱が起きたらどうするか。ここでは物理的な安全確保が重要になります。

 ア 具体的には?

 坂 ポイントは3つあります。第一に、窓やドアの強度を高めること。これは騒乱対策だけでなく、平時の侵入盗対策にも有効です。現状の強度が不十分なら、厚手の飛散防止フィルムを貼るなどして破れにくくするのもいいですね。

 ア 平時の防犯対策と両立できるわけですね。 

 坂 二つ目は「ロックダウン」の手順を二段構えで決めておくことです。まず侵入防止のためのバリケード設置。スタッキングできる机や大型コピー機などは、こうした時に活用できます。次にセーフルームへの避難です。

 ア 切り替える判断は?

 坂 例えばデモ隊がオフィス前の道路を通る可能性が高い場合、まずはバリケードの設置を決めましょう。そして、ガラスが割られるなど実際の物理的被害が発生したらセーフルームに移行する。段階ごとの明確な対応が重要です。

 ア セーフルームはどのような部屋がよいのでしょうか?

 坂 エントランスや窓から遠く、施錠可能な部屋が望ましいです。できれば二重ロックが可能で、さらに万一の際の脱出を考えて、裏通りなどに通じる目立たない、非常口に近い部屋がベストです。

 ア 中に何を備えておくべきでしょうか?

 坂 数日間の滞在を想定した水や食料、衛生用品を常備する必要があります。 加えて、表通りでタイヤが燃やされたり、治安部隊による催涙弾の使用も考えられるため、独立した換気設備があれば理想的です。

 ア ここまで聞くと、騒乱対策は特別な対応というより、日常のルール整備と準備の延長にあるようですね。

 坂 まさにその通り。重要なのは発生後に慌てて対応を考えるのではなく、「どこで」「誰に」「何を」適用するのかを事前に定めておくことです。燃料価格の上昇が社会不安につながりやすい国だからこそ、企業も個人も、今のうちに現実的な備えをしておくべきです。

 最後に、実務上のチェックポイントを4つにまとめておきましょう。

 ① インドネシアでは燃料価格の上昇がデモや暴動のトリガーになりやすい。

 ② ジャカルタのデモには一定の発生パターンがあり、「レッドゾーン・マップ」を作ることで在宅勤務判断や防火対策につなげやすい。

 ③ 安否確認は局地的な緊急事態であればメールやWhatsAppでも対応可能だが、発令権者と取りまとめ役を事前に決めておくことが重要。

 ④ 企業やブランドロゴが入った服装は禁止し、ロックダウンの手順やセーフルームの準備など、平時から制度と設備の両面で備えることが必要である。

(第1回終わり)


〈坂村史帆さんの経歴〉

 東京大学大学院を修了後、外資系コンサルティング・ファームで地政学リスク分析と企業の危機管理に12年間従事。専門分野は、国際紛争、テロ、治安情勢。米国やインドなど世界10カ国以上で講演実績。

 地政学リスクやリスクマネジメントについての講演や相談の依頼は infopod2018(アット)gmail.com または、noteのページ(https://note.com/transitessay/n/n1b666e2e63f7)まで。