インドネシアニュース プラボウォのジレンマ ①—大統領「鄧小平になりたい」中国をモデルに中央集権強化
「インドネシアの鄧小平になりたい」――。2013年、2度目の大統領選挙に出馬した際、プラボウォ・スビアント大統領はこう話し、中国で「改革開放」を進めた最高指導者の故鄧小平氏を称賛した。24年10月、3度目の選挙を経て大統領の座についたプラボウォ氏には、鄧氏をはじめとする中国共産党型の一党独裁体制をモデルに改革の速度を早めたい思惑がちらつく。ただ、世界有数の民主主義国家であるインドネシアではそのままの形を導入できず、プラボウォ氏はジレンマに陥っている。
(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)

■鄧氏は同じ「苦労人」
「民主主義は疲れる。非常に高コストで、非常に混乱する」。大統領選挙での当選が確定した直後の24年3月、プラボウォ氏はこう演説し、民主主義の非効率性を強調した。地方の首長選挙の廃止にも言及し、「政治のコスト」を下げる名目で権限を中央に集中する構想をのぞかせている。
プラボウォ氏が1998年の民主化以降に続く地方分権などの流れに逆行する動きを見せる理由には、政権の最優先課題である経済成長の実現は多くの法律や規制の緩和などが必要で、意思決定プロセスを最小限にしたいからだ。中国共産党の中央集権はそれに「お手本」を与える。
プラボウォ氏は鄧氏について、改革開放路線で急速な経済成長を実現した実績に加え、誹謗中傷・失脚・投獄などといった不遇を受けても復活したことに畏敬(いけい)の念を抱いているとされる。プラボウォ氏自身、民主化運動の活動家拉致を巡って国外移住を余儀なくされた上、大統領選挙に3度も挑戦しなければならなかった「苦労人」という思いを重ねる。
■「議席分配」で国会掌握
インドネシアと中国との最大の違いは一党独裁が許されるか、だ。ただ、漢民族が大多数を占める中国とは違い、インドネシアは多様な民族や宗教などからなる2億人超の有権者が一斉に票を投じる「自由選挙」に基づく民主主義国家。民主化以前にスハルト政権が敷いた軍事独裁の歴史もあり、強権を発動すれば国民の反発は避けられない。加えて、現在はSNSもあり、完全な言論統制も難しい。
プラボウォ氏にとって民主主義的な制度を極力変えずに権力を維持する最も有効な方法は、国会を掌握することだ。24年2月に大統領選挙と同日に行われた総選挙の結果、プラボウォ氏が党首を務めるグリンドラ党がゴルカル党などと連立し、議会の過半数を握った。大統領就任直後に発足した「赤白内閣」では大臣・副大臣の数をジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前政権から倍増し104人とした。増やしたポストは各党に配分し、連立した党以外の閣外協力も取り付けることで、予算も法律も政府案がそのまま通る状況となっている。
■根底にある父の教え
政治エリートを掌握したとしても、インドネシアに民主選挙がある以上、鄧氏が唱えたような、豊かになれる者から豊かになる「先富論」はそのまま採用できない。「民意」を獲得し続けるために「分配」する必要がある。
この点、プラボウォ氏は父の経済学者スミトロ・ジョヨハディクスモ氏の経済思想「スミトロノミクス」を踏襲している。この思想は、規制緩和や国家資産の集中運用を通して高い経済成長の達成を目指しつつも、社会不安の増大を避けるために成長の果実の公平な分配が必要となるというものだ。
インドネシアでは経済成長のエンジンとなるべき中間層が近年、縮小している。中央統計庁(BPS)などによると、国内の中間層比率は19年の21・5%から24年に17・1%へ低下し、ジニ係数も24年9月時点で0・381、都市部では0・402に達するなど国民の生活は苦しさを増している。
プラボウォ政権は天然資源の国内加工を強化する「産業の下流化」などで雇用を作り出すために、25年2月に政府系ファンドのダナンタラを立ち上げた。マンディリ銀行や石油大手のプルタミナなど国営企業の資産・配当をまとめ、主に国内案件に再投資している。初期投資は200億ドル規模、資産規模は9000億ドル超とされ、鉱物加工から人工知能(AI)、製油所建設など20超の戦略プロジェクトを進める。
本来、国営企業の資産・配当は国庫に入るが、これをファンドとしてまとめることで、政府が資金を機動的に動かすことが可能となった。 しかし、「国会のチェックを受けないポケットマネーを政府に与えることになった」(インドネシア財界筋)と民主的プロセスの後退として批判する声もある。
■豊かさか、自由か
インドネシアは98年以降の民主化で、一時は民主主義の優等生とも言われた。 しかし、「民主主義のご本尊である米国の勢力が後退し、中国の勢力が東南アジアで拡大するにつれて『欧米型の政治的自由』よりも『中国型の経済的豊かさ』が魅力的に見えるようになった」(同)。
プラボウォ政権は「インドネシア固有の民主主義」の重要性を説く。それが、民主主義の外枠は国民への分配を通じて守りつつ、中国共産党のように政府に権力を集中し、経済成長を達成することを意味するのであれば、政権2年目に突入した今、どれほどの成果が上がっているのだろうか。
次回は、「分配」の象徴となる目玉事業、無料給食プログラム(MBG)を検証する。
(続)