アジアン鉄道ライター 高木聡 ブカシ列車追突事故の核心は「保安装置の未整備」ー再発防止徹底を

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 4月27日、国鉄(KAI)東ブカシ駅構内に停車していた通勤電車(KRL)に長距離特急列車アルゴ・ブロモ・アングレック号が追突し、16人が死亡し、多数の負傷者を出した事故で、政府は全国の踏切を整備することで再発防止につなげる方針を示した。しかし、事故の本質は「保安装置の未整備」であり、これが改善されない限り、同様の事故が繰り返される懸念がある。
(アジアン鉄道ライター 高木聡)

■タクシーは原因ではない

 今回の事故の原因は、踏切で立ち往生した電動自動車(EV)タクシーだという説がまことしやかにささかれているが、それは誤りだ。確かに、踏切内にいたEVタクシーが上り電車と接触したことは事実だが、問題となった追突事故は、東ブカシ駅の下りホームに停車中の通勤電車に特急列車が突っ込んだものだ。つまり、タクシーは事故のきっかけになったかもしれないが、追突事故の核心ではない。筆者も事故の位置関係を現場で確認した。

 本来、こうした踏切事故が起きた場合は、事故の影響がほかの列車に波及することがないよう「列車防護」の手配をしなければならない。日本であれば、防護無線信号が発信され、一定の距離内でこれを受信した列車が自動的に停車する。ところが、インドネシアではその仕組みが十分に整っていない。そこが第一の問題だ。

 さらに深刻なのは、ATS(自動列車停止装置)が整備されていないことだ。ATSがあれば、仮に運転士が信号を見落としても、列車を自動的に止めることができる。今回の事故も、ATSがあれば防げた可能性が高い。

■信号見落とした可能性も

今回の事故では、後続の長距離列車が通勤電車に後ろから突っ込み、女性専用車両の乗客などが犠牲となった=ジャカルタ日報撮影

 直接的には、長距離列車の運転士が信号を見落とした可能性がある。追突した列車は通過駅の多い特急列車で、通常は前方の列車が退避線に入って道を譲るため、運転士が「前に障害となる列車はいない」と思い込んでいたことも否定できない。そうした思い込みの中で、黄色信号や赤信号を十分に確認できていなかったのではないか。 

 一方で、信号システムにも疑問が持たれる。本来、前方の信号が赤であれば、それより一つ手前の信号は黄色になるはずだ。しかし、現場証言や映像を見る限り、黄色であるべき信号が青のままだった可能性もある。もしそうであれば、信号システム自体に何らかの異常があったのではないか。ただ、それでも現場には中継信号機が設置されており、特急列車の運転士がこれを確認していれば、ブレーキをかける余地はあったはずだ。

 いずれにせよ、今回の事故の本質を「踏切の安全問題」に矮小化してしまうのは危険だ。政府は踏切整備や高架化に予算を投じる方針を示しているが、それだけでは同じような追突事故は防げない。踏切対策は必要だが、今回の本質は、前の列車が停車しているのにもかかわらず、後続列車を止められなかったことにある。

■日本関与も導入進まず

 ATSの導入は、2010年代前半から議論がなされており、これには国際協力機構(JICA)も関与してきた。しかし、実際に導入は進んでいない。

 その理由は、ATSを導入するためには、線路以外にも、その路線を経由する全ての車両に車載装置を設置しなければならないからだ。今回の事故現場のように多様な種別の列車が混在して走る路線においては、実現のハードルが高い。

 特にジャカルタ近郊では、通勤電車と長距離列車、貨物列車が同じ線路を入り乱れてを走っている。ピーク時には非常に高い密度で列車が走る。そうした区間で、人間の目視と注意力だけに依存するのは限界がある。運転士は人間であり、見落としもあれば疲労もある。だからこそ、これをカバーするための保安装置が必要だ。

■事故きっかけに導入

KAIは4日、列車事故の犠牲者を追悼する記念碑を事故が発生した東ブカシ駅に建設する方針を明らかにした。写真は東ブカシ駅で追悼のろうそくに火をともす住民=アンタラ通信

 日本では、1962年に三河島駅(東京都荒川区)で起きた常磐線の多重衝突事故(三河島事故)を契機に、ATSや防護無線の整備が進んだ。多くの人命が失われた結果、安全対策に予算が投じられた。インドネシアでも過去に列車衝突事故は繰り返し起きているが、根本的な対策は先送りされてきた。

 今回も、事故原因が「タクシーが踏切にいたから」「運転士が見落としたから」という表面的な問題の糾弾に終始するのであれば、同じような事故が再び発生する可能性が高い。個人の注意不足や踏切問題に矮小化することなく、列車防護システムそのものを整備することが必要だ。

 事故調査委員会が、保安装置の不備にどこまで踏み込むかに今後注視したい。もしこの点に触れず、踏切対策や運転士教育だけで終わるなら、根本的な再発防止にはならない。今回の事故は、インドネシア鉄道の安全システムの真空地帯を示した事故として見るべきだ。