インタビュー 柴田章吾氏インタビュー ㊦ー文化から「持続する事業」へ / アジア甲子園をどう育てるか
インドネシアで始まった「アジア甲子園」を一過性のイベントで終わらせず、どう持続可能な仕組みにするのか。大会運営は現在、スポンサー収入に頼ることが多い一方、グッズ販売やチケット、放映権など新たな収益源の開拓も視野に入れる。代表の柴田章吾氏は、目先の広告効果よりも大会の成長物語を企業と共有することに価値を置く。アジア甲子園のビジネスモデルと将来像を聞いた。(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文、写真は全て柴田氏提供)

——アジア甲子園は、社会貢献活動か、スポーツビジネスなのか。
◆根本にあるのは、日本の甲子園文化をアジアに広げ、日本の良さを知ってもらうための文化普及活動だ。
単に野球の試合を海外で開くというものではない。選手が仲間を尊重することや、試合後の学びをチームに持ち帰ること、審判や対戦相手への向き合い方などまで含めた、背景にある日本のスポーツ文化も伝えたい。それがアジア甲子園の役割だと思っている。
一方で、続けるためにはビジネスとして成立させる必要がある。「文化普及活動だから赤字でも構わない」という考え方では長期的に続かない。
——現在の収益構造は。
◆団体収入の約8割をスポンサー収入が占めており、現状の依存度はかなり高い。
ただ、グッズ販売も始め、昨年は数百万円規模の売り上げになった。今後はチケット販売、大会フォーマットのフランチャイズ展開、放映権などを考えている。注意しなければいけないのが、「甲子園」のブランドを使う以上、自由に収益化するわけにはいかない。商標を持つ阪神側とも相談しながら、一つずつキャッシュポイントを構築する必要がある。
現在のスポンサーは日系企業が中心だが、本当にインドネシアに根付く大会にするなら、最終的には現地の企業や人たちにも支えてもらわなければならない。まず5年間で土台をつくり、その先で事業として収支を合わせられるところまで持っていきたいと考えている。

——どのような企業と相性が良いか。
◆一般消費者向けの事業(BtoC)を展開する企業や、キャラクター、コンテンツを持つ企業とマッチすると考えている。日本の甲子園では認められないような企業とのコラボレーションも、独自の商標である「アジア甲子園」なら実現できる可能性がある。
例えば「ハローキティ」を展開するサンリオのように、日本発のコンテンツを海外で広げている企業とは非常に相性が良いのではないか。
単なる「スポンサー枠」ではなく、企業側が持つ事業と、我々の「日本のスポーツ文化の輸出」という取り組みをどう結びつけるかを共に考えていきたい。
——スポンサー企業には、アジア甲子園の価値をどのように説明しているのか。
◆最初にお願いしているのは、理念への「共感」だ。
現時点では「これだけの広告価値がある」「出展すればこれだけ商品が売れる」という数字を強みにはできない。だからこそ、これから「アジア甲子園」というコンテンツを大きくしていく成長ストーリーに共感し、一緒に育ててもらいたいと伝えている。
その上で、大会が大きくなれば広告宣伝の価値も生まれるし、企業側の事業に役立ててもらうこともできる。
仮に「インドネシアでこういう人とつながりたい」「こういう事業を展開したい」という企業があれば、将来的にアジア甲子園が持つネットワークを活用してもらえるのではないか。 完成した大会にスポンサーとして参加するのも良いが、発展途上の今だからこそ一緒に大きくしてもらう。企業側もその過程自体に価値を感じてくれている。
——「野球の認知度が低いインドネシアでスポンサーになる意味があるのか」という懐疑的な声には。
◆指摘の通り、現地での野球の認知度はまだ高くない。
だが、日本の甲子園も、最初から今のような大きな大会だったわけではない。第1回大会に出場した代表校は、わずか10校だった。長い年月をかけて、日本を代表するスポーツコンテンツになった。アジア甲子園もそれと同じようになると考えている。

——大会の成功を何で測っているのか。観客数やスポンサー数など、明確なKPI(目標の達成度を測る指標)はあるのか。
◆もちろん参加チームや観客、スポンサーが増えることは重要だが、数字だけで成功は測れない。
重視しているのは「アジア甲子園が現地でどのように扱われるようになったか」だ。
子どもたちが「あの大会に出たい」と心待ちにし、現地の人々が自分たちの大会として受け入れてくれることこそが、一番重要だと考えている。
日本人だけが集まって盛り上がる大会では意味がない。インドネシアの子どもたちが喜び、現地社会の中に大会が溶け込んでいくことこそが、成功の基準だ。 その意味でも、インドネシア教育省が本大会を国が認める公式大会と位置づけ、「3つ星」の評価を付けたことは極めて大きな前進であり、成果だと言える。
——大会が柴田氏個人に依存している面もある。将来的にはどのような運営モデルを目指すのか。
◆現在も一般社団法人として役割分担をし、大会当日まで準備を進められる体制をつくっているが、まだ自分自身が前に出ている部分が大きいのは事実だ。
理想は「柴田の取り組み」ではなく、「アジア甲子園」という名前そのものが自立すること。自分がいなくても大会が続き、毎年当たり前のように開催される仕組みを作りたい。
さらに言えば、阪神電鉄の事業としてアジア甲子園を引き継いでもらえるぐらいまで成長させたい。自分の会社、自分の団体として抱え込んだままではなく、甲子園を通じて関係各所が互いに「ウィンウィン」の関係になることが望ましい。
「甲子園」という文化そのものがアジアに根付き、それを長く残せる主体に引き継がれていく。そこまで到達すれば、この取り組みは本当の意味で成功したと言えるのではないかと考えている。
(終)