文化・くらし・コミュニティー 日本人納骨堂で慰霊祭ー33年の供養、伊佐住職が一区切り

ジャカルタのプタンブラン墓地内にある日本人納骨堂で22日、日本人慰霊祭が開かれ、在インドネシア日本大使館やジャカルタ・ジャパン・クラブ(JJC)の関係者らが参列し、現地で亡くなった日本人の冥福を祈った。長年にわたり日本から訪問してきた長野県久遠山・延壽院の伊佐栄豊住職は、今回を区切りに定期的なジャカルタ訪問を終える。
JJC個人部会の村上統会長によると、日本人納骨堂は1931年、当時の日本人会有志7人を発起人として建立された。ジャカルタ市内に点在していた日本人の墓や遺骨を約10年かけて集め、安置したのが始まりという。

第二次世界大戦やインドネシア独立戦争の混乱で墓所は荒廃したが、59年に在留邦人有志が日本人墓地保存会を結成。寄付を募り、市内に残る遺骨を納骨堂に集め、60年12月に最初の合同慰霊祭を行った。以後、毎年慰霊祭が続いており、現在過去帳には280人の名前が記されている。
村上会長は、当時の日本人の中には戦後もインドネシアに残り、独立や発展に関わった人々もいたと指摘。「一人一人の人生の積み重ねが、今日の日本とインドネシアの友好関係の礎(いしずえ)となっている」と述べ、慰霊祭は先人を悼むだけでなく、こうした歴史を次世代に伝える場でもあると話した。

黙とうに続き、伊佐住職が読経し、参列者が焼香した。伊佐住職は「縁」をテーマに、人とのつながりはその場限りではなく、長く続いていくものだと説いた。「人が嫌がることは自分もしない。自分がされて嫌なことを人にしない」と述べ、日常生活で相手を思いやる大切さを呼びかけた。また、「一人の人が行動するということは、大勢の人に支えられて一つが出来上がっていく」と述べ、周囲の支えへの感謝を語った。
伊佐住職は93年から33年間に渡りインドネシアを訪問。JJC事務局は長年にわたり慰霊祭を支えてきた伊佐住職に感謝を表明し、参列者からは拍手が送られた。