アリフおじさんに聞く!身近な疑問 第2回 「ゴムの時間」…ただの「のんびり」ではない?ーアリフおじさんに聞く!インドネシアの「なぜ?」

カイくん(以下、カ) アリフおじさん、インドネシアにいると、時間が日本よりゆっくり流れているように感じることがあります。約束の時間も開始時間も、少しのんびりしている気がします。
アリフおじさん(以下、ア) いいところに気づいたね。インドネシアには「ジャム・カレット(jam karet)」という言葉があるんだ。直訳すると「ゴムの時間」。ゴムのように伸びたり縮んだりする時間、つまり予定時刻が少し柔軟に扱われることを指す表現だよ。
カ ゴムの時間ですか。面白い言い方ですね。でも、遅刻を正当化する言葉にも聞こえるのですが……。
ア そう単純ではないんだ。もちろん、時間に遅れることを冗談まじりに「ジャム・カレットだから」と言う人もいる。でも背景には、交通事情や天気、家族や人間関係の優先、そして予定を固定しすぎない社会の感覚がある。単なる「時間にルーズ」という一言では説明できないんだよ。
カ まず交通事情ですか。やっぱり渋滞の影響が大きいのでしょうか?
ア その通り。インドネシア語で渋滞は「マチェット(macet)」と言うね。特にジャカルタやスラバヤ、バンドン、メダンといった大都市では、移動時間が読みづらい。地図アプリでは30分と出ていても、突然の雨や道路工事、事故、デモ、学校の送迎時間、大量のバイクの波で1時間以上かかることもある。だから時間を「線」で区切るよりも「幅」をもって考えることが多いんだ。
インドネシア語では「スキタル(sekitar=だいたい)」「キラキラ(kira—kira=およそ)」「ナンティ(nanti=あとで)」「スブンタール(sebentar=少しの間)」といった表現がよく使われる。これらは便利だけれど、日本人の感覚からすると時間の幅が広く感じられることがある。
カ 確かに「スブンタール」と言われて、5分かなと思ったら30分くらい待つことがあります。
ア よくあるね。けれど「スブンタール」は必ずしも時計で計った数分ではないんだ。「今すぐではないが、そんなに遠くない」という関係性のある言葉なんだよ。時間そのものより、相手を待たせないように安心させる働きもある。
カ 時間の表現にも、人間関係が関係するのですね。
ア インドネシアでは予定よりも、その場の関係性が重視されることがある。例えば親戚が急に訪ねてきた、近所で葬儀や結婚式の準備がある、家族に病人が出た。そういう時、先に入っていた個人の予定より、家族や共同体への対応が優先されることがあるんだ。
カ 家族優先ということですね。
ア そうだね。ただ、家族といっても範囲が広い。両親や兄弟だけでなく、おじ、おば、いとこ、義理の親戚、近所の人まで、助け合いの輪に含まれることがある。結婚式や葬儀、宗教行事、親戚の集まりはとても大切で「用事があるから行けません」と簡単に言えない場面も多い。

カ 日本でも冠婚葬祭は大事ですが、インドネシアではもっと日常生活に近い感じがします。
ア まさにそうだよ。たとえば「シラトゥラフミ(silaturahmi)」という言葉がある。親戚や友人を訪ね、関係を保つことを意味する大切な考え方だ。ラマダン(断食月)明けのレバラン(断食月明け大祭)の時期には、多くの人が帰省して家族や親戚を訪ねる。そこでの時間は、効率よりも再会や会話が優先される。
カ そう考えると、時間がゆっくり流れるというより、人との関係に時間を使っているんですね。
ア いい見方だね。インドネシアでは、時間は「管理するもの」であると同時に「分かち合うもの」でもある。誰かの家を訪ねて、すぐに用件だけ話して帰るより、お茶を飲み、食事を勧められ、家族の近況を聞き合う。その時間が信頼を作るんだ。
カ でもビジネスでは困りませんか? 会議や締め切りが遅れたら大変です。
ア もちろん、現代の社会では時間厳守を求められる場面は多い。空港、銀行、学校、工場、病院、国際企業の会議などでは時間通りに進めることが重要だ。とはいえ「インドネシア人はみんな時間に遅れる」と考えるのは間違いだよ。場面によって時間の厳しさが変わる、と見る方が正確だね。
カ つまり、フォーマルな場では時間を守る。でも親しい集まりや地域行事では柔軟になることがあるんですね。
ア そうだね。インドネシアは島が多く、民族、言語、宗教、地域間の差も大きい国だ。すべてを一つの時間感覚で統一するより、状況に合わせて調整する力を育ててきた。予定が変わっても、話し合い、待ち、譲り合いながら進める――この柔軟さは、時には遅れに見えるけれど、別の面では社会を壊さずに動かす知恵でもある。
カ でも、待たされる側はイライラすることもありますよね。
ア もちろんあるよ。インドネシア人同士でも「またジャム・カレットか」と不満を言うことはある。若い世代や都市部のビジネス層では、時間をもっと正確に守ろうという意識も強まっている。配車アプリ、オンライン会議、電子決済、配達サービスの広がりで、時間の感覚は少しずつ変わっているんだ。
カ デジタル化で「ゴムの時間」も短くなっているんですね。
ア そう言えるかもしれないね。スマートフォンで到着予定時刻が共有され、会議のリンクが時間通りに開き、配達の追跡もできるようになった。昔よりも時間は可視化されている。でも一方で、雨季の大雨や渋滞、家族行事、宗教行事など、時計だけでは動かせない現実も残っている。
カ インドネシアの時間感覚は、古い習慣と新しい技術が混ざっているんですね。
ア その通り。だから「時間がゆっくり流れる」と感じた時は、ただ遅いと決めつけるのではなく、何がその時間を伸ばしているのかを見るといい。道路か、天気か、家族か、宗教行事か、それとも相手との関係を大切にする気持ちか。そこに社会の仕組みが見えてくる。

カ 日本人がインドネシアで約束する時は、どういった点に注意すればよいですか?
ア まず、重要な予定は時間をはっきり確認すること。「9時集合」だけでなく、「9時ちょうどに始まりますか」「何時までに着けばいいですか」と尋ねるのがいい。インドネシア語なら「ジャム・スンビラン・パス?(Jam sembilan pas?=9時ぴったりですか)」や「ムライ・ジャム・ブラパ?(Mulai jam berapa?=何時に始まりますか)」が役に立つよ。
カ 確認しておけば、お互いに誤解が減りますね。
ア そうだね。もう一つ大事なのは、余裕を持って動くこと。渋滞を前提に早めに出る、雨季は移動時間を長めに見る、相手が遅れてもすぐに怒らず理由を聞く。逆に、自分が遅れそうな時は早めに連絡する。柔軟さと礼儀を両方持つことが大切だよ。
カ インドネシアの時間に合わせるというより、時間の意味を理解することが大事なんですね。