アリフおじさんに聞く!身近な疑問 第3回 なぜ給料日前に「カスボン」するのかーアリフおじさんに聞く!インドネシアの「なぜ?」

カイくん(以下、カ) アリフおじさん、この前、インドネシア人の友だちが「今月はカスボンしようかな」と言っていました。最初は「カーボン(炭素)」の話かと思ったんですが、お金のことみたいです。カスボンって何ですか。
アリフおじさん(以下、ア) いい耳をしているね。カスボン、インドネシア語では「Kasbon」と書く。簡単に言うと、給料日前に会社からお金を前借りすることだよ。会社が従業員に一部の給料を先に渡し、給料日にその分を差し引く仕組みだ。
インドネシアの金融機関や求人情報サイトでも、カスボンは「従業員が給料日前に会社から借りる、または給料の一部を早めに受け取る制度」と説明されている。
カ 日本でも「前借り」という言葉はありますね。でも、インドネシアではよく使われるのですか?
ア 会社や職場によるが、かなり身近な言葉だね。特に中小企業や工場、商店、建設現場、家族経営の会社などでは従業員が「ボス、少しカスボンできますか?」と相談することもある。正式な制度として書類を出す会社もあれば、社長や経理担当者との信頼関係で決まる職場もある。
カ どうして給料日前にお金が必要になるのでしょうか?
ア 理由はさまざまだね。家族の病気、子どもの学費、バイクの修理、親戚の結婚式や葬儀、家賃、実家への送金、レバラン(断食明け大祭)前の出費……インドネシアでは家族や親族のつながりが強いから、自分一人の生活費だけでなく、親や兄弟、親戚を助けるために急な出費が生じることも多いよ。
カ 自分のためだけじゃなく、家族のために前借りすることもあるのですね。
ア その通り。インドネシアでは「家族を助ける」ことがとても大切にされる。
例えば田舎の親が病院に行く、弟や妹の学費が足りない、親戚の葬儀に包むお金が必要になる時、「今月の給料日まで待って」とは言いにくい。そこでカスボンが家族を支えるための一時的な手段になるんだ。

カ 給料を最初にもらうことで、問題は起きませんか。
ア 便利な面と危ない面がある。便利な面は急な出費に対応できること。会社からのカスボンなら、違法な高利貸しや危険なオンライン融資に頼らずに済む。
一方、危ない面としては、カスボンは急な出費への代替手段になり得るが、依存や返済不能に陥ったり、会社の資金繰りに影響が出るなどのリスクも指摘されている。
カ 前借りすると翌月の給料に響きますよね?
ア まさにそこだね。仮に月給300万ルピアの人が100万ルピアをカスボンしたとする。給料日にはその分が差し引かれるから、手取りは少なくなる。すると次の月の生活費が足りなくなり、またカスボンする。これが続くと、給料日前になるたびにお金が無くなる「カスボンの輪」に入ってしまう。
カ 一度助かったはずなのに、次の月が苦しくなるのはちょっと……。
ア カスボンは「薬」にもなるが、使い方を間違えると「慢性病」にもなる。緊急時の一時的な支えならよいが、毎月の生活費を補うためにくり返すと、家計の赤字を先送りするだけだ。だから会社側も上限額や回数、返済方法を決める必要がある。
カ 上限額はどれくらいですか。
ア 会社ごとに違うが、一般的には月給の一部を上限に決めていることが多い。インドネシアの金融機関によると、カスボンの上限を給料の3分の1から2分の1程度とするケースが多い。だが、これは法律で一律に決まっているのではなく、会社の規定や双方の合意によるものだと考えた方がいい。
カ なるほど。会社にとっても、お金を出す以上はリスクがありますね。
ア もちろんだよ。従業員が退職してしまったら、回収できない可能性がある。たくさんの人が同時にカスボンを頼めば、会社が持つ現金も減る。特に中小企業では、従業員を助けたい気持ちと、会社の資金繰りとの間で板挟みなることもあるよ。
カ そもそも「ガスボン」という言葉の由来は?
ア はっきりした語源を断定するのは難しいが「Kas」はインドネシア語で現金や金庫、「Bon」は物やお金の受け取り、借入を記すメモという意味に関係していると言われる。例えば「Mengebon」は後で返す前提で物やお金を借りるという意味で使われる。
カ つまり、昔は紙に「いくら借りました」と書いていたんですね。
ア そうだね。今でも小さな店ではノートに名前と金額を書いておくことがある。これを「Ngebon」と言うことがあるよ。近所のワルン(屋台)で米や砂糖、たばこ、インスタント麺を先に受け取って、給料日や売り上げが入った時にまとめて支払う。

カ カスボンからは家計の弱さも見えてきますね。
ア とても大事な視点だね。カスボンが必要になる背景には月給制による資金管理の難しさに加え、慢性的な貯蓄不足や物価上昇、非正規労働という働き方、大家族への送金など理由はさまざまだ。給料日直後は少し余裕があっても、月末が近づくと苦しくなる。インドネシア語では、給料日前の苦しい時期を冗談まじりに「タンガル・トゥア(Tanggal tua=古い日付・月末)」と呼ぶこともある。
カ 月末になると財布が年を取るんですね。面白い表現です。
ア そうだね。反対に給料日直後は「タンガル・ムダ(Tanggal muda=若い日付)」とも言う。「若い日付」の時は外食や買い物をし、「古い日付」になると節約する。こうした生活感覚の中で、カスボンは月中や月末を乗り切るための言葉として出てくるんだ。
カ カスボンからはインドネシアの働き方や家族のあり方まで見えてきますね。
ア カスボンは「給料の前借り」というささやかな言葉だけれど、家族への責任や職場との信頼関係など、この国特有の背景がある。
だから、カスボンを理解する時は、善悪で単純に分けないことが重要だ。助け合いとしてのカスボン、リスクある依存としてのカスボン、会社の福利厚生としてのカスボン。それぞれの顔がある。
インドネシアでの生活ではそうしたシステムへの理解が必要だね。