坂村さんに聞く 海外クライシスのツボ 坂村さんに聞く 海外クライシスのツボー第9回 ハニートラップも効率化の時代?
マッチングアプリやSNSの普及で、人との出会いは大きく変わった。一方、オンライン上で接近し、親密な関係を作って情報を引き出す「デジタル・ハニートラップ」も広がっている。坂村さんは、松丸俊彦著『ハニートラップにかかった男たち』(ブックマン社)に構成作家として参加した。今回は同書で紹介した事例をもとに、ネット上で近づいてくる相手をどこで警戒すべきかを聞く。

■ビジネスSNSで偽略歴
アマンさん(以下、ア) 前回は海外出張先でのハニートラップでした。今回はインターネット上の話ですね。
坂村さん(以下、坂) はい。マッチングアプリやSNSによって、知らない人同士が簡単につながれるようになりました。もちろん便利な仕組みですが、その利便性は情報を取ろうとする側にとっても同じです。
例えばマッチングアプリは、いまや特別な出会い方ではありません。こども家庭庁の2024年度が公表した調査結果では、既婚者の約4人に1人がマッチングアプリで配偶者と出会っています。職場や友人の紹介を上回る結果でした。
それだけ普通の場所になったからこそ、悪意のある人物が紛れ込んでも見分けにくくなっています。
ア 実際に情報収集にSNSが使われた例もあるのですか。
坂 同書で取り上げたのが、「ロビン・チャン」と名乗る人物のケースです。
23年、中国の情報工作に関与したとされる人物が、ビジネス向けSNS「LinkedIn」を使い、英国の政府関係者や科学者、研究者らに接触していたことが明らかになりました。
少なくとも5年間、偽のプロフィールを使って活動し、ターゲットを見つけると、まず相手を非常に高く評価します。その後、関係ができると、現金を提示したり、中国旅行に招待したりなどします。
具体的な例を挙げると、人材紹介のコンサルタントに対し、情報機関への応募者情報と引き換えに8000ポンド(現在のレートで約170万円)を提示する、といった具合です。
ア かなり直接的ですね。
坂 そうなんです。必ずしも巧妙な心理工作ばかりではありません。それでも多数の人物に接触できるのが、SNSの怖さです。
似た入り口は日常のSNSでもあります。「プロフィールに興味があります」とメッセージが届く。あるいは「素晴らしい投稿ですね。DM(ダイレクトメッセージ)を送りました」とコメントが入る。
「どなたですか」と返すと、「間違えて送りました。でも、せっかくなので友達になりませんか」と会話が始まる。最初の狙いはとにかく「反応させる」ことです。
■AIでより危険に

ア そこからハニートラップに発展するのですか。
坂 そうです。最近は「デジタル・ハニートラップ」「オンライン・ハニートラップ」などと呼ばれる手口があります。
オンラインで親密な関係を築いた後、性的な写真や動画を送るよう誘導したり、ビデオ通話を録画したりする。その後、「家族や勤務先にばらす」と脅し、金銭や機密情報を要求する手口です。
さらに今は他人の写真の盗用だけでなく、人工知能(AI)で架空の人物画像を生成することもできます。勤務先や趣味、経歴などの「バックストーリー」まで作り込み、時間をかけて信用させることも可能です。
ア 写真だけで本人かどうかを判断するのは難しいわけですね。
坂 その通りです。しかもデジタルの最大の特徴は、一人だけでたくさんの相手に同時並行で接触できる点にあります。
今までは、まずターゲットについて調べ、実際に接近して人間関係を築く必要があり、時間も人員もかかりました。
しかし、SNSなら何千人にも同時にアプローチし、反応した相手だけに絞って時間をかければいい。ハニートラップさえも「効率化」されているのが現状です。
ア では、どの段階で「危ない」と考えればいいでしょうか。
坂 非常にわかりやすい危険信号があります。それは「別の連絡ツールに移ろう」と言われた時です。
マッチングアプリやSNSで知り合った相手が、しばらくして「ここでは話しにくい」「もっと個人的に話したい」などと言って、LINEやシグナル、ディスコードといったプライベートな通信アプリへ移行を促してくる。ここが一つの「ポイント・オブ・ノーリターン」、つまり「引き返すのが難しくなる境目」と考えてください。
ア なぜ別ツールへの移行が危険なのですか。
坂 マッチングアプリ内であれば、運営側の監視や通報機能があり、悪質アカウントは強制的に削除される可能性があります。
一方、個人的なチャットに移れば、二人だけの完全に閉ざされた空間になります。相手の警戒心を解き、性的な写真交換やビデオ通話へ進めやすくなる。つまり、最初のアプリは単なる「釣り針」で、本当の工作は移転先で始まるのです。
ア ロマンス詐欺とも似ていますね。
坂 非常によく似ています。日本国内で起きているロマンス詐欺の被害でも、マッチングアプリやインスタグラムは入り口に過ぎず、本格的なやり取りはLINEなどに移行してから行われるケースがほとんどです。
「別のアプリで話そう」と言われたら、それだけで詐欺や工作だと決めつける必要はありませんが、警戒レベルを一段階上げるべきです。
■自分なりの防衛線を

ア ほかにできる対策はありますか。
坂 英国の情報機関MI5は「Think Before You Link(つながる前に考えよう)」と呼びかけています。
プロフィール写真を画像検索して、別人の転用でないか調べる。書かれている勤務先や経歴が実在するのか確認する。少し手間をかけるだけでも、不自然な点が見つかる場合があります。
ただ、生成AIで存在しない人物の写真や経歴まで作れるようになると、こうした方法だけでは限界があります。
だからこそ最終的には、「どこから先には行かないか」という自分なりの防衛線を決めておくことが大切です。
ア 前回のハニートラップと同じですね。
坂 まさに同じです。現実世界なら「ホテルの部屋に入れない・入らない」。デジタルなら「知らない相手との関係を、閉じた通信空間へ簡単に移さない」。
相手が本物なのか偽物なのかを完璧に見抜こうとする必要はありません。
「突然ほめられる」「急に親密になろうとする」「別の通信アプリへ誘導する」「性的な写真やビデオ通話を求める」。こうしたステップが進むごとに立ち止まり、「ここから先は行かない」とブレーキをかけることです。
危ないと感じたら、すっぱり連絡を断つ。「せっかく仲良くなったのに相手に悪い」などとためらわないことが、被害を防ぐ最も確実な方法です。
◇坂村史帆さんの経歴
東京大学大学院を修了後、外資系コンサルティング・ファームで地政学リスク分析と企業の危機管理に12年間従事。専門分野は、国際紛争、テロ、治安情勢。米国やインドなど世界10カ国以上で講演実績。
地政学リスクやリスクマネジメントについての講演や相談の依頼は infopod20
18(アット)gmail.comまたは、noteのページ(https://note.com/transitessay/n/n1b666e2e63f7)まで。
「元公安警察が明かす! ハニートラップにかかった男たち」
松丸俊彦著、坂村史帆構成
ブックマン社
出版社:https://bookman.co.jp/
Amazon:https://amzn.asia/d/0iwowwci