インドネシアニュース 連載 グラブ・GoTo統合再燃 ㊤ー政府、市場秩序より雇用安定を優先 黄金株で支配権は確保か
インドネシアのオンライン配車・フードデリバリーで長年ライバル関係にあったGrab(グラブ)とGojek(ゴジェック)を運営するGoToの経営統合構想が再燃している。インドネシア政府はこれまで市場独占の懸念から慎重だったが、プラボウォ・スビアント大統領は姿勢を一転させ支持に回った。市場独占をある程度許容しても、統合による業界の安定と数百万人のドライバーの雇用維持を優先したい考えだ。
(ジャカルタ日報編集長 赤井俊文)

■主張ぶつかり計画消滅
「政府は国内最大のオンラインバイクタクシー企業と話し合っている。ドライバーの仕事を保証し、互いに有害な競争が起きないようにするためだ――」。10月20日、就任1年を振り返る内閣会議での演説で、プラボウォ大統領はこのように発言し、グラブとGoToと統合について協議していることを明らかにした。
5月ごろにグラブが GoToを買収するとの報道が出てから、関係者の間では東南アジア最大級のプラットフォームが誕生するとの期待感が生まれていた。この2社については、2019年から20年にかけてグラブに出資するソフトバンクグループの孫正義会長など投資家サイドが仲介役となり、統合の機運が高まっていた。
しかし、シンガポールを拠点として当時のゴジェックを取り込み、東南アジア全域に及ぶ「スーパーアプリ」を作ろうとするグラブ側の思惑と、ゴジェック側の「ナショナル・チャンピオン志向」が主導権争いとして表面化し、統合計画は幻に終わった。当時の交渉では、本社機能をどこに置くか、どの市場でどちらのブランドを残すかを巡り、各国政府の思惑も交錯したとされる。
この結果、グラブは21年12月に米ナスダック市場に上場し、ゴジェックは国内へ集中する道を選んだ。特にゴジェックは国内電子商取引(EC)大手トコペディアと経営統合し、21年にGoToグループとして発足。配車・フード配達・EC・決済を抱えるインドネシア独自の「総合アプリ」として再出発し、今や生活の必需品となっている。
■市場9割を独占

その両社がここに来て、再び同じテーブルにつこうとしている。前回の統合案から約5年の間、クーポン配布や無料配達キャンペーンで赤字覚悟のシェア争いを続けてきた。しかし、近年の物価高と燃料費上昇が重なる中、ドライバーの収入悪化に対する不満がデモやストにつながり、単発・短期の仕事を請け負うギグワーカーの対応を巡る社会問題にも発展している。
統合案は最終合意に至っていないが、実現すればインドネシアの配車とフード配達における取扱高の約9割を占める巨大企業が誕生し、少なくとも競合同士による削り合いは終わる。
一方、市場の寡占状態が発生するため、独占禁止法に抵触する懸念が強いが、政府は今回の事態をむしろ「デジタル経済の秩序化」の好機と見ている節がある。その背景には値引き合戦を抑え、効率的な投資と税収の拡大に繋げたい考えだ。
■黄金株という手綱
前回の統合交渉の際と決定的に違うのは、今年2月に始動したインドネシアの政府系ファンドのダナンタラの存在だ。銀行や通信会社など主要国営企業を束ねる巨大な国家資本を利用し、グラブとGoToという巨大企業同士の統合に介入する力が出来たためだ。
今月13日の英フィナンシャル・タイムズの報道によれば、グラブとGoToがダナンタラに対する「黄金株」の付与を提案しているという。これは保有株数は少なくても、政府に対し運賃やドライバーの待遇などの重要な経営判断に関する拒否権を与える特別株で、民間上場企業でありながら、国家が最後のブレーキを握ることが出来る仕組みだ。
ダナンタラのパンドゥ・シャフリル最高投資責任者(CIO)は「統合判断はあくまで企業間のビジネス上の決定」と強調しつつ、商業的に合理的であれば支援する姿勢を示した。今回の黄金株保有が実現すれば、国家が市場の監督者からプレーヤーに変容することを意味する。
しかし、国家が民間企業の経営に直接関与する以上、常に公共の利益に沿うとは限らない。政治スケジュールや選挙をにらんだ運賃抑制、特定勢力への優遇、経営人事への恣意(しい)的介入など、黄金株は「安定の装置」であると同時に「統制の装置」にもなりうる。巨大プラットフォームのかじ取りが、株主総会や取締役会だけでなく、政権中枢の思惑にも左右されるリスクは無視できない。
■来月の株主総会がヤマ

GoToは12月中旬に臨時株主総会を開催する。「CEO交代を含むガバナンス議題が中心でグラブとの合併・買収は議題に含まれていない」と繰り返し報道陣に説明しているが、「実際には統合後に向けた経営体制への変革ではないか」(市場関係者)との見方が強い。
もしこの臨時株主総会で統合の基本合意が発表されれば、「来年の各国当局への説明の後、27年にも新企業がスタートする」(同)可能性がある。
今回のプラボウォ政権下でのグラブとGoToの統合は「効率」と「安定」をもたらすのか、それとも新たな支配と緊張を生むのか。この結果次第で他の企業の統廃合にも影響するだけに、目が離せない展開となりそうだ。
次回は、今回の統合劇を巡るグラブ、ゴジェックなど各プレーヤーの背景を読み解いていく。
ゴジェック 創業者が教育文化相に
インドネシア発配車アプリ「Gojek(ゴジェック)」の創業者ナディム・アンワル・マカリム氏=写真、公式サイトより=は1984年、シンガポールで生まれた。中高はインドネシアに学び渡米、ブラウン大、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で学んだ。世界的コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーやフィンテック企業などを経て、2010年にゴジェックを立ち上げた。
わずか20台ほどのオジェック(バイクタクシー)のコールセンターから出発。ジャカルタの深刻な渋滞と、街角で客を待つオジェックの「無駄な待ち時間」という二つの不便をスマートフォンでつなぐという発想で、15年のアプリ化後は配車やフードデリバリー、宅配、決済へと次々に事業を広げ、グーグルなどから巨額出資を受ける巨大企業へと成長した。
■教育改革を実施

19年、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前大統領が組閣した第2期政権で、ナディム氏は教育文化相として政界入りする。
最年少の閣僚として起用され、「ユニコーン創業者が教育制度を作り変える」という期待を一身に集めた。
就任直後に打ち出したのが「ムルデカ・ブラジャール(学びの自由)」。全国統一学力試験の廃止と、新しい全国学力評価への移行、学校試験の簡素化などを一体パッケージで進め、試験対策中心から学びの質重視へとかじを切ろうとした。
高等教育では「カンプス・ムルデカ」を掲げ、大学の自律性と実践教育の拡大を図った。一部国立大学を独立法人化したほか学生が企業や地域、他大学でのインターンやプロジェクトに参加し、それを単位認定できる仕組みを整備した。 こうした初等教育と高等教育の改革を束ねる「MBKM」は、経済協力開発機構(OECD)が実施する生徒の学習到達度調査(PISA)での学力低迷に揺れる教育システムを抜本的に作り変える試みとして、国内外から一定の評価を受けてきた。
■汚職容疑で逮捕
しかし今年9月、ナディム氏は汚職容疑で検察に逮捕された。問題となったのは、19〜22年に教育文化省が学校向けに大量導入した米グーグル製のクロームブックの調達である。当事業は数兆ルピア規模とされ、コロナ禍での遠隔学習や「デジタル化された学校」の中核的施策として位置付けられていた。
だが検察当局は、調達仕様が特定製品に有利になるよう設計され、価格も相場より高く設定した疑いがあるとして、国家に巨額の損失を与えた疑いで逮捕に踏み切った。
検察は教育省幹部や関連業者を相次いで拘束。ナディム氏も「自分は不正をしておらず、政策判断として正当だった」と容疑を全面的に否認している。しかし、かつての創業企業ゴジェックを中核とする持株会社GoTo本社が関連として家宅捜索を受けたこともあり、かつての「インドネシア企業の星」だったブランドに大きな傷がついたことは否めない。
グラブ 馬国発スーパーアプリ
今や配車やフードデリバリー、決済を束ねるスーパーアプリとして、東南アジアの日常生活を支えるGrab(グラブ)。その出発点は、2012年にマレーシアで生まれた小さなタクシー配車アプリ「MyTeksi(マイタクシー)」だった。
不便なタクシーというローカルな課題をどう解決するか。その問いから、東南アジア全体のモビリティーを変える構想が動き出した。
■米国留学でアイデア

創業者アンソニー・タン氏=写真、公式サイトより=は、マレーシアの自動車関連企業の一族に生まれた。生まれながらに自動車産業との縁が深く、家業を継ぐ道もあったが、彼が選んだのは「東南アジアの交通そのものを変える」挑戦だ。
米シカゴ大学で学んだ後、ハーバード・ビジネス・スクールに進み、ここで後の共同創業者タン・フーイ・リン氏と出会う。二人は、東南アジアの都市交通に共通する課題をビジネスとして解くことを考え始めた。
転機となったのがHBSでのビジネスプラン・コンペ。彼らが選んだテーマは、マレーシアの首都クアラルンプールのタクシー問題だった。流しのタクシーはなかなか止まってくれず、料金も不透明で、女性が夜に一人で乗るには不安が大きい。利用者はドライバーを選べず、価格と安全が「ブラックボックス」になっていた。
この構造的問題を「情報の非対称性」として捉え、ITで可視化する計画をまとめた。ビジネスプランは準優勝だったが「これは卒業しても続ける価値がある」と判断した二人は、家族からの出資と賞金を元手に事業化に踏み切る。
12年、マレーシアで「マイタクシー」アプリが正式にスタートした。当初のビジネスは極めて地道なもので、タクシー会社に営業をかけ、ドライバーにスマートフォンとアプリの使い方を説明し、1台ずつネットワークに取り込んでいった。
アプリには乗車位置と到着予定時間、ドライバーの氏名や車両情報が表示され、乗客は「本当に来るのか」「誰が運転しているのか」を確認できる。ドライバー側も、空車で街を流す時間を減らし、効率よく客を拾えるようになり「呼べる・来る・見える」という最低限の機能に徹したことで、利用者の信頼を着実に高めていった。
■タイなど国際展開
この仕組みを他の東南アジアの都市にも応用し、13年以降、フィリピン、シンガポール、タイへと進出、やがてベトナムやインドネシアにもサービスを広げる。各国で道路事情や規制環境は異なったが、「安全に確実に呼べるタクシー」という単純だが切実なニーズは共通していた。
ブランド名は「GrabTaxi」、さらに「Grab」へと順次切り替えられ、フードデリバリーや宅配、さらにはキャッシュレス決済や小口金融へと領域を拡大。アプリ上での位置情報と決済データを組み合わせることで、飲食店や個人事業者の販路を広げ、銀行口座を持たない層にもサービスを届ける「生活プラットフォーム」への転換を図った。
ソフトバンクや政府系ファンドからの大型出資を受け、企業価値は急拡大し、21年には米ナスダック市場に上場。その成長の中で、最大市場インドネシアは特別な位置を占めるようになった。
人口が突出して多く、バイクタクシー文化が根付く同国は、配車・フード配送・決済のすべてで潜在需要が大きい。グラブは現地企業ゴジェックと激しい競争を繰り広げながらも、東南アジア全体で「移動と日常支出の入り口」を押さえる戦略を推し進めてきた。