インドネシアニュース 坂村さんに聞く 海外クライシスのツボー第3回 「考えたくない」リスクこそ直視を
人は危機が迫っている時ほど、リスクを正面から捉えることを避けがちだ。中東情勢の緊迫化やインドネシアにおける騒乱リスクなどを巡っても、企業や駐在員の間では、影響が大きいテーマほど「考えたくない」という心理が働き、備えが後手に回る傾向が根強い。実際の危機管理に求められるのは、希望的観測を排し、最悪の事態を平時から直視する仕組みを持つことだ。

アマンさん(以下、ア) 危機管理は大切だと理解していますが、正直なところ、あまりに深刻な事態を想定するのは心理的に抵抗があります。
坂村さん(以下、坂) それは人間の生存本能として極めて自然な反応です。むしろ人間は、本当に重大なリスクであるほど、正面から考えることを避けやすい傾向があります。現在のような中東情勢の悪化についても、具体的な想定を欠いていた企業は少なくありません。
ア その心理には、何か名称があるのでしょうか。
坂 「ダチョウ効果」という言葉をご存じですか?危険が迫っている時に、あえて情報を遮断し、見なかったことにしようとする心理状態を指します。
ア 「怖いから見ない、考えない」ということですね。
坂 その通りです。だからこそ、企業や組織に求められるのは「自分たちもそうした心理に陥る」という前提に立つことです。個人の意志の強さや精神論に頼るのではなく、最悪の事態を強制的にでも考える仕組みを普段から持っておく必要があります。
ア 具体的には、どのような手法が有効ですか。
坂 代表的なのが「プリモーテム(事前分析)」です。防犯や災害対応の計画を立てる際、まず「その計画は完全に失敗した」という仮定から出発する方法です。
例えば暴動対応なら「対策が失敗し、オフィスが焼き討ちに遭って従業員に犠牲者が出た」という結論から出発します。そこから逆算して、「なぜそこまで事態が悪化したのか」「なぜ従業員は逃げ遅れたのか」という失敗要因を一つずつ洗い出していきます。
ア かなり刺激的な手法ですね。
坂 はい。ただ、その分「うまくいくはずだ」という楽観バイアスを強制的に排除することができます。直視したくなかったリスクを、失敗要因として言語化できるようになる点に大きな意味があります。
ア 他にも似たような方法はありますか。
坂 「レッド・チーミング」があります。組織内であえて「攻撃側」や「批判側」の立場を担う人を置き、既存の対策の弱点を徹底的に洗い出す方法です。
ア 実践的な方法ですが、導入のハードルは高そうです。
坂 その通りです。実際に行う際の負担は大きいですし、上司や同僚が見たくない組織の弱点まで露呈することがあります。一時的に空気がぎくしゃくすることもあります。万人に勧められる手法ではありません。
ア より多くの日本企業が日常的に取り入れやすい、もう少し現実的な手法はありますか?
坂 比較的なじみやすいのは「イフ・ゼン(もし~なら、そのときは~)」というプランニングです。「もし〇〇が起きたら、××する」という行動ルールをあらかじめ決めておきます。
ア 「もし暴動が起きたら、即座に在宅勤務に切り替える」といった具体策ですね。
坂 まさにそうです。緊急事態が起きた時にその場で悩まず、反射的に動けるようにしておくわけです。必要に応じて、マニュアルを参照する流れにしても構いません。ただし、この方法にも弱点があります。
ア どのような弱点でしょうか。
坂 「もしも」の想定を一つずつ丁寧につぶしていく覚悟がなければ、結局は再び「ダチョウ効果」に陥ってしまいます。
考えたくないシナリオを排除したままでは、ルールを作っても実際には機能しません。リスクを網羅的に洗い出し、それを訓練やマニュアルへと結び付ける意志が必要となります。
ア 形だけのマニュアルでは意味がないのですね。
坂 さらに効果を高めるには、「被害想定を自分事化する」を組み合わせることが重要です。
例えば「大規模災害を想定する」という抽象的な言葉「避難所の硬い床の上で、持病の薬がないまま3日間過ごす」といった形で、身体的で具体的な苦痛にまで想像してもらうと、一気に現実味が出ます。
ア 確かに、その方が一気に現実味が帯び、危機が身近になります。
坂 不思議なもので、多少無理にでも実感が伴うように思考の流れを作ると、「何を備えるべきか」「何を決めておくべきか」の解像度が一気に上がります。直面したくない現実に「あえて」直面させることで、計画の精度が高まるのです。
ア 結局、人間は極限状態では冷静でいられない、という前提で考えた方がよいわけですね。
坂 まさにそこが重要です。自分の意志や冷静さを信じすぎないこと。これは暴動対応に限らず、災害や犯罪など、安全対策の全てに当てはまります。
人は土壇場では必ず認知バイアスに支配され、思考力は著しく低下します。しかも、深刻な事態であればあるほど「考えたくない」という気持ちが先行し、情報そのものを遮断してしまいがちです。必要なのは、システム、ルール、そして物理的な備えです。「人は直前になると目を背けたくなる」という本質を認め、平時のうちに「考えたくないこと」を検討しておき、実際に動ける形にしておくことが重要なのです。
◇坂村史帆さんの経歴
東京大学大学院を修了後、外資系コンサルティング・ファームで地政学リスク分析と企業の危機管理に12年間従事。専門分野は、国際紛争、テロ、治安情勢。米国やインドなど世界10カ国以上で講演実績。
地政学リスクやリスクマネジメントについての講演や相談の依頼は infopod20
18(アット)gmail.comまたは、noteのページ(https://note.com/transitessay/n/n1b666e2e63f7)まで。