坂村さんに聞く 海外クライシスのツボ 坂村さんに聞く 海外クライシスのツボー第7回 「90秒の確保」で詐欺に対抗しよう
国境を越えるオンライン詐欺や通話型詐欺が、インドネシアでも身近な脅威になっている。銀行員や配送業者を装い、不安をあおったうえで、パスワード入力や個人情報の提供へ誘導する手口は後を絶たない。こうした詐欺に巻き込まれないためには、何を知り、どう行動すればよいのか。

アマンさん(以下、ア) 3月には、西ジャワで特殊詐欺に関わっていた日本人13人が逮捕されました。国境を越える詐欺が、かなり身近になっている印象です。
坂村さん(以下、坂) その通りです。詐欺はもはや、どこか遠い国の治安問題ではありません。スマートフォン、オンライン銀行、クレジットカード、配送サービスといった日常的な仕組みを利用して、個人の生活の中に直接入り込んできます。
特にインドネシアで多いと考えられるのは、電話を使った「通話型」の詐欺です。銀行員を名乗る人物から電話があり、「あなたのオンライン口座に不正利用の形跡があります」と告げられる。受け手が不安になったところで、「SMSを送ったので確認してください」「そこにパスワードを入力すれば、不正利用をキャンセルできます」と指示される。その通りに操作してしまうと、オンラインバンクから不正送金されてしまうわけです。
ア 電話の相手が銀行員を名乗ると、つい信じてしまいそうです。
坂 そこが詐欺師の狙いです。銀行、クレジットカード会社、配送業者、警察など、相手が「従わなければならない」と感じやすい肩書を使います。そして、こちらが冷静に考える時間を奪っていくのです。
ア こうした詐欺には、共通する構造があるのでしょうか。
坂 あります。私は「動揺から指示へ」という構造で見ると分かりやすいと思います。
まず、相手を動揺させる。「あなたの口座が不正利用されています」「受け取っていない荷物があります」「このままだとトラブルになります」といった言葉で、不安や焦りを植え付ける。次に、「これをすれば解決します」「今すぐこの手続きをしてください」と具体的な指示を出す。
この2段階が非常に重要です。詐欺師は、相手を説得しようとしているのではありません。相手を不安にさせ、考える前に動かそうとしているのです。
ア 銀行の不正利用も、配送業者の荷物確認も、形は違っても同じ構造ということですね。
坂 人は、完全に見覚えのない話なら疑うことができます。しかし、少しでも心当たりがありそうな話だと、確認したくなる。その確認したい気持ちを利用して、偽のオペレーターや偽の入力画面へ誘導するのです。
ア インドネシアではあまり見られないものの、海外では「スクールガール詐欺」と呼ばれる手口もあると聞きました。
坂 南アジアやアフリカの一部で見られる応用型の詐欺です。例えば、ガソリンスタンドなどで車に乗っていると、少女が窓をノックして話しかけてくる。何気なく応じていると、警察官のような服装をした人物が現れる。そして少女が突然、「この人にわいせつな言葉をかけられた」「売春を持ちかけられた」などと訴え始めるのです。
こちらが困惑していると、偽警察官が「身分証を出せ」「罰金を払え」と迫ってくる。もちろん、少女と偽警察官はグルです。
ア かなり露骨な手口にも見えますが、実際には引っかかってしまう人がいるのですね。
坂 人は突然、自分に非があるかのような状況に置かれると、冷静さを失います。「誤解を解かなければ」「警察沙汰になったら困る」と焦る。その瞬間に、詐欺師側が用意した解決策、つまり金銭の支払いへ誘導されるわけです。

ア では、こうした詐欺に対抗するためには、どうすればよいのでしょうか。
坂 原則は「一息つく」ことです。英語では 〝Take a Beat〟と言います。つまり、すぐに反応しない。いったん間を置く。これが非常に重要です。
必要なのは、物理的かつ言語的な「回路遮断装置」です。
ア 「回路遮断装置」とは、具体的には何ですか。
坂 最も分かりやすいのは、電話を切ることです。可能であれば、通話を終えて、スマートフォンを別の部屋に置く。画面や相手の声から物理的に離れることです。
ここで覚えておきたいのが、「90秒を確保する」という考え方です。強い不安や焦りは、波のように押し寄せます。しかし、詐欺電話や偽メッセージから90秒ほど離れることができれば、その感情の波はかなり弱まりやすい。正確な秒数そのものよりも、「まず90秒、相手のペースから離れる」と考えることが大切です。
ア 問題は、その90秒をどう手に入れるかですね。
坂 まさにそこです。詐欺師は、こちらに考える時間を与えないようにします。「今すぐ」「このままだと危険」「電話を切らないでください」と迫ってくる。だからこそ、あらかじめ電話を切るための台本を用意しておく必要があります。
例えば、次のような言葉です。
「来客中なので失礼します」
「正式な通知を郵送してください」
「こちらから公式窓口に確認します」
大事なのは、この後に議論しないことです。相手が「今切ると危険です」「手続きが間に合いません」と言っても、そこで説明を求めたり、反論したりしてはいけません。相手の土俵に乗ってしまうからです。定型句を言って、すぐに切る。これが基本です。
ア 電話を切れない場合はどうすればよいでしょうか。
坂 その場合でも、身体をその場から引きはがすことが有効です。「少し待ってください」と言って、電話を保留にする。あるいはスピーカーにして机に置き、別の部屋へ移動する。詐欺師は、相手を孤立させた状態で操作しようとします。逆に言えば、本人が身体を動かし、第三者に声をかけた瞬間に、詐欺の流れは崩れやすくなります。
「何かおかしい」と感じてから距離を取るのではなく、「急がされている」と感じたら距離を取る。この順番が重要です。詐欺かどうかをその場で判定しようとする必要はありません。急がせる相手からは、いったん離れる。それだけで、多くの被害は防ぎやすくなります。
詐欺師にとって最も嫌なのは、時間が延びること、第三者が入ること、場所が変わることです。90秒の間合いを作れれば、相手があきらめて立ち去ることもあります。
ア つまり、詐欺対策で重要なのは、知識よりも「間合い」を作る行動なのですね。
坂 そうです。もちろん手口を知ることは大切です。しかし、詐欺の手口は変化します。銀行、配送業者、警察、入国管理、通信会社など、名乗る肩書はいくらでも変えられます。
一方で、心理的な構造は変わりません。不安をあおる。急がせる。具体的な操作や支払いを求める。この3点がそろったら、まず相手から離れるべきです。
ア 最後に、読者に伝えたいことはありますか。
坂 詐欺に強い人とは、詐欺師を論破できる人ではありません。怪しい相手と長く話さない人です。相手の説明を聞いて真偽を見抜こうとするのではなく、急がされた時点でいったん離れる。詐欺師が奪おうとするのは、お金や個人情報だけではありません。冷静に考えるための時間なのです。
◇坂村史帆さんの経歴
東京大学大学院を修了後、外資系コンサルティング・ファームで地政学リスク分析と企業の危機管理に12年間従事。専門分野は、国際紛争、テロ、治安情勢。米国やインドなど世界10カ国以上で講演実績。
地政学リスクやリスクマネジメントについての講演や相談の依頼は infopod20
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