インタビュー 重度まひに「回復の道」ーLIFESCAPES林社長インタビュー 脳卒中リハビリ支援をインドネシアに

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 慶應義塾大学発の医療スタートアップ、LIFESCAPES(ライフスケイプス)は、脳卒中後の重度運動まひに対し、脳波と人工知能(AI)、ロボットを組み合わせたBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)技術を活用したリハビリ支援機器の海外展開を進めている。 取材に応じた林正彬社長は、インドネシアを「非常に有望な市場」と位置づけ、現地での臨床エビデンスの構築やパートナー開拓を進める考えを示した。

ライフスケイプスの林正彬社長=同社提供

 ——技術の概要は。

 ◆当社は、脳卒中後に残る運動まひ、特に重度のまひを治療することを目指している。従来のリハビリは、まひした手に電気刺激を与えたり、ロボットを装着したりする手法が中心だった。しかし、手を動かしているのは脳からの指令であるため、結果として動かない手だけでなく、原因となる脳の働きにもアプローチする必要がある。

 当社の製品は、患者が頭にウェアラブル型の脳波計をかぶり、手を開く、伸ばすといった動きをイメージしてもらう。そのときの脳活動をAIで解析し、適切な脳活動が出た時だけロボットを動かす。脳の活動と手の動きを結びつけることで、機器を外した後も手の動きが改善することを目指している。

 ——脳卒中で損傷した脳でも、改善は見込めるのか。

 ◆死んでしまった脳細胞そのものが蘇るわけではない。ただ、脳内には生き残っている神経回路があり、普段は十分に使われていない細胞もある。そうした残存機能を活用し、手の動きと結びつけることで、新たな神経回路が働く可能性がある。

 脳卒中後、重度のまひが残ると、既存のリハビリでは十分な改善が難しいというのが現状だ。臨床現場には、本来最も治したい重いまひほど治せないという悩みがある。そこに対して、新しい選択肢を提供したい。

 ——実際の使用時間や効果は。

 ◆一日あたりの使用時間はおおむね30分程度だ。症例によって異なるが、数週間の使用で変化が見られた例がある。発症から時間が経過し、通常の回復過程では改善が難しいと考えられる患者でも、手首や指の動きが出るようになり、食事や身支度、ペンを握る動作が可能になったケースがある。その方は仕事にも復帰された。

 これまでに1000件以上の利用実績があり、このうち約7~8割で脳活動や手指・筋肉の動きに何らかの改善傾向が確認されている。対象は重症から中等症の患者が中心だ。

 ——日本では既に販売しているのか。

 ◆大学での研究を含めると、10年以上にわたり研究開発を進めてきた。2024年3月に日本で薬事上の認証を取得し、保険適用も受けた。現在は医療機器として病院向けに販売し、臨床現場での使用が始まっている。

ライフスケイプスではさまざまな製品を開発している=同

 ——海外展開では、まずマレーシアで導入が進んでいる。

 ◆マレーシアでは、政府系社会保障機構(PERKESO)が運営する専門リハビリセンターに導入されている。きっかけは当社関連会社のマレーシア法人からの紹介だった。その後、私自身も現地に入り、医師や理学療法士らに使い方を説明した。1週間ほど現場でトレーニングし、その後は機器を現地に置いて使ってもらった。

 現在は5台が稼働している。クアラルンプール、マラッカ、イポー、トレンガヌなど、複数の施設に配置される予定だ。まず各施設で成功体験を作り、その後の普及につなげたいと考えている。

 ——マレーシア市場をどう見ているのか。

 ◆医療水準が高く、英語でのコミュニケーションも取りやすい。新しい医療技術への理解も早く、医師や理学療法士が技術のポイントをきちんと理解してくれる印象がある。政府系機関との連携も進めやすく、東南アジア展開の重要な足がかりになると考えている。

 ——インドネシアを重点市場とする理由は。

 ◆人口規模が大きいことはもちろん、中間層から富裕層にかけて、先進的な医療へのニーズが高まっている。治療目的で海外へ渡航することが難しく、国内でのリハビリを希望する人々が最初の対象になると考えている。

 将来的には私立病院だけでなく、公立病院や大学病院、さらに国民健康保険制度(JKN)への組み込みも視野に入れている。病院やクリニックの数も多く、日本を大きく上回る市場規模があると見ている。

患者が頭にウェアラブル型の脳波計をかぶり、手を開く、伸ばすといった動きをする際の脳活動をAIで解析する=同

 ——インドネシアではどのような課題があるのか。

 ◆大きな課題の一つはリハビリテーションに携わる専門人材の不足だ。脳卒中後のまひ改善へのニーズは高まる一方で、専門人材は十分ではない。そのため、AIやロボットを活用した医療機器が果たせる役割は大きいと考えている。 

 もう一つは、医療機器の導入や輸入、保険償還、病院側の予算確保など、制度面や資金面の課題だ。技術の価値だけでなく、現地で使いやすい導入モデルを作ることが重要になる。

 ——既にインドネシアでも活動を始めているのか。

 ◆昨年秋から冬にかけて、経済産業省とMedical Excellence JAPAN(MEJ)の事業に採択され、インドネシアでの活動を本格化させた。取り組みを始めてまだ半年から1年ほどだが、私を含む複数のメンバーが現地で活動している。

 ジャカルタで開かれた神経内科関連の学会では、講演と機器展示を行った。インドネシア中の神経内科医が集まる場で、関心や期待は非常に高いと感じた。インドネシア大学やスラバヤのアイルランガ大学など、著名な大学病院との共同研究を通じて、現地での臨床エビデンスの構築を進めたい。

 ——日本で作った技術をそのまま売るのではなく、現地との連携を重視するのか。

 ◆インドネシアでは、現地のパートナーと一緒にエビデンスを作り、広げていく姿勢が重要だと考えている。日本で開発したものを一方的に売るのではなく、現地の医師、大学、病院、代理店と連携しながら、現地に合った形で展開する必要がある。

 販売面でも、現地代理店との連携を進めている。既に政府系病院を中心に20病院ほどを回り、導入に向けた話し合いを始めている。代理店契約はこれからだが、良いパートナー候補が見つかり、病院への提案活動を進めている。

 ——インドネシアでどのようなパートナーを求めているのか。

 ◆まず、病院への導入時の資金面を支援するパートナーが必要だ。例えば、現地のリース会社と組み、病院側の初期負担を抑える仕組みを構築できればと考えている。製品の価値には自信がついてきたが、導入しやすい資金調達モデルを整えることが重要になる。 

 民間保険会社との連携にも関心がある。脳卒中後のリハビリを保険商品や医療パッケージの一部として提供できれば、患者の利用機会を広げることができる。

 さらに、医療ツーリズムや介護領域との連携も視野に入れている。インドネシアからマレーシアなど東南アジア各国へ患者が移動する動きもあり、国境を越えた医療サービスの構築にも可能性があると考えている。

従来のリハビリでは改善が難しいとされてきた脳卒中後の重度まひだが、ライフスケイプスの製品を使えば改善の可能性を広げることができる=同

 ——日系企業に期待することは。

 ◆インドネシアや東南アジアで事業基盤を持つ日系企業との連携には、大きな可能性がある。医療、介護、リース、保険、商社、病院運営など、さまざまな分野で協力の余地がある。

 当社だけでは現地展開に限界がある。現地で信用力やネットワークを持つ企業と組むことで、病院への導入や新しい医療サービスの構築を加速できると考えている。

 ——介護領域との連携も考えているのか。

 ◆脳卒中を発症してから時間が経過した患者でも、回復が期待できるケースがある。そのため、病院だけでなく、介護施設や在宅ケアの領域でも、当社の技術を活用できる可能性がある。

 最近の資金調達では、パラマウントベッドにも参画いただいた。同社は介護領域にも強みがある。日本で事業モデルを確立してから海外に展開するのか、現地でパートナーと一緒に構築するのかは今後の検討課題だが、介護やリハビリを組み合わせた事業にも可能性を感じている。

 ——最後に、インドネシアの読者に伝えたいことは。

 ◆脳卒中後の重度まひは、従来のリハビリでは改善が難しいとされてきた。しかし、脳に残された活動を捉え、AIとロボットで適切にフィードバックすることで、機能回復の可能性を広げられると考えている。 

 インドネシアでは今後、医療水準の向上に伴い、脳卒中後に救命される患者が増えると考えている。その際には、命を救うだけでなく、その後の生活の質(QOL)をいかに高めるかが重要になる。当社の技術が、インドネシアの患者や医療現場にとって新しい選択肢になればと考えている。